kazuさんの新サイト(早くも人気です)で恐ろしい真実を書いてあるblogを拝見しました。

いわく散らかっている状態で幸せそうな人を見たことがないと・・・

この場合の散らかりようがどのくらいか分かりませんが、ホームヘルパーをしている先輩から「足の踏み場もない」という状態のすさまじさを聞いたことがあります。
 足の下に新聞紙。しかし、どけると「それは取っておくのだ」と叱られる。何がゴミで何がゴミじゃないのか、はたからはさっぱり判別不能な状況だとか。

 私の父の家も相当なものだが、まぁ、足の踏み場はあるし、印鑑を出せというと出てくる。さすがに年を取ってきてこの前通帳がないと大騒ぎをしていて私が発掘した事があるが、置き場を勘違いする程度。

 義父母の家も相当なものだが、これは散らかってるというより、捨てられない。父の家とも共通だが、戦中派は、はい供出! 明日になったらありませんでした、を経験してるから物離れが悪いのはこれは許してあげないとだろう。

 さ〜て、疑問です。森鴎外の娘、茉莉さん。彼女は最期は彼女のいうところに「美しい物」に囲まれて、しかし他人から見たら、ゴミだらけの状態で迎えたという。彼女は幸せだったのでしょうか、それとも???

 甲斐小泉観察だと、適度に散らかっている家に住んでいる人は気がいいというか、和める点があって、やたらと片づいている家の住人より親しみが湧くが、過度に散らかっている場合どうなるのか・・・そういう人とお目に掛かったことがないので分からない。多分、色々な出会いがあったkazuさんのおっしゃっている事は真実なのだろうと思う。