今日は夫の実家の新年会。我が家の子ども達が小さい頃は、甥、姪等も含めて総勢16人というにぎやかさだったのが、この数年で大幅に規模が縮小。
 去年、今年と総勢8人で、しかもピチピチに若いのはうちの二男くらいなもの。(唯一参加する甥も既に30半ば)最初頃は、大人数で楽しいのと疲れるのとおっつこっつだったが、昨今は渋い大人の(笑)新年会になっている。

 私どもも年を取っているが、それ以上に義父母が年を取っていく。特に今年は義母の耳が以前より遠くなっており、それにつれて話がしばしばトンチンカンになるのを感じた。とっくのとうに母を亡くした私にしてみれば、どんな状態でも母親がいるというのは羨ましいことだが、母親=いつまでも元気でぴんぴんしてると思い込んでるらしい夫には、母親の老いというのは認めたくない事実みたいだ。

 義父母宅は一戸建てで、物をどければ立派な古民家風なんだが・・・何せ物の多いこと。

 戦中派で「明日になったら、今日売ってたものの値段が倍以上」どころか「もう買えない」というような思いをし、鍋釜まで供出させられたから仕方ないともいえるのだが(私の観察の結果、かの15年戦争よりはるか以前に所帯を持った上の世代の方が、物に対する執着心は少ないようだ。ただし、その上の世代というのは、今や絶滅寸前の祖母世代だが)、とにかく物が多い。

 老夫婦2人だが、鍋の数、ざるやボールの多いこと。何故か、それも小さいサイズのがやたらと多く、窓辺の釣り戸棚の上はびっちり。昔ながらの非システムキッチンで、ステンレス天板をテープなんかでつなげるタイプなんだけど、物をどけりゃ調理スペースがもっと出来ると思うけど、隅っこにはきれいに洗ったプラスティックトレイが何十枚も並べてあり、その足元にはスーパーの袋等が山となっており(このほかの部分にもたっぷりポリ袋やビニール袋がある)、ふつうなら捨てても良さそうなものがゴロゴロしている。

 そんな中、長義姉が注文しておいてくれた寿司の入ったプラスティックの、一見して沈金風ゴージャスなかなりでっかい器を義父が取っておくと言い出したのには、さすがに義母、長義姉も閉口したようだ。「お父さんは忘れるから、あんた処分して」と長義姉が言い付かって、隠しながら車に持ち込む算段をしていた。

 うちがやりますとはいえなかった。だって、夫も義父のDNAが刷り込まれてるみたいだから「きれいな器、取っておこう」といいかねないからね(爆)。

 何はともあれ、無事新年会が開け、老化が進んだとはいえ、年を考えたら義父母は元気でめでたいことである。

 今年のお年賀は鎌倉ニュージャーマン製。(ただし、お店で買ったし、贈る義父母や義姉達は、食べ盛りの子どももいないから、コンパクトなかごに入ってリボンが掛けられた可愛い、ちょこっとずつセットですが)



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