滞りなく暮らしていく上で、ある程度の社交辞令の類は必要でしょうねぇ。ただし、場合によっては相手に過度な期待を持たせたり、裏切られ感を抱かせてしまって逆効果になる事もあるので要注意です。

 最近は引越し挨拶等でも「お近くにお越しの際はぜひお寄り下さい」と言うのを一律に印刷したものはあまり見なくなりましたねぇ(笑)。

 そして、相手が高齢者の場合は特に心しなければと思います。(ご高齢の方の対極にあるお子さんに対しても注意が必要かと思います)
 というのは身内に何人も高齢の人間がいて、たまたまご高齢の方とのお付き合いが多い私が見ていて、どうしても身辺が寂しい、また、体力や気力の衰えで出来ないことが増えていく中、誰かが自分のために、というのはとても嬉しく、それだけに期待が大きいんですね。

 例えば、私の祖母ですが、どなたかがおっしゃった「伺います」を心待ちにしています。若い人にとっての「そのうち」はヘタをすると数年も先だったりしますが、老い先短い祖母としては、速攻は無理としても、せいぜい数週間かそこいらで「来てくれるはず」と思うのですね。

 また、別の方の場合、若干の社交辞令を込めての「ご一緒に旅行に」をとても喜んでくださったのですが、「あ〜ら、そんなの事言いましたっけというのは無しよ」と言われまして、しまったぁ!慎重さに欠けたぞと反省しました。

 それから、特にお手伝い系に対する期待は大きいですね。そして、一度二度とお手伝いすると、それが当然となって行く度合いもどうしても高くなります。これはもう生理的に仕方ない事かと思います。介護などで介護する側が参ってしまうのも、他に色々な原因があるとは思いますが、ご高齢者の要請に応じてあげようと頑張りすぎてしまうから、と聞きます。

 ご高齢の方に対する社交辞令は、本当に出来ることか、あるいは「お元気ですね」「素敵な○○をお召しですね」等々、自分の側からの何らかの行為を見返りとして期待されない事柄で言うか、あるいは特にご高齢男性の場合、お目にかかった時に、現役時代のお話を聞いて差し上げるなどにすると、過度な期待を抱かせてガッカリさせてしまって、自己嫌悪に陥ったり、良心がとがめたりという事が少なくて済むでしょう。

 そう、同じようなことはお子さん相手でも言えます。小さいから、子どもだからと軽んじていい加減な約束をするのはやめましょうね。記憶力の良いタイプの場合、一生覚えており、そんなこと言った人への不信感も一生続くかも知れませんよ〜。^^;