子どもの頃、着物の虫干しは年の前半にしていたような記憶があるのですが、昨今の日本、虫干しではなくて、蒸し焼きになりそうな暑さと湿気なので、サボリ続けていました。

 今日は実に久し振りに「湿気の少ない爽やかな秋らしい天気」と言う気象情報を信じまして、かようなものを鴨居から掛けて干してみました。

2007OCT11虫干し 振袖と色留







2007Oct11虫干し 元振袖
 いや〜、ずっとしまっているものですから、悲惨。一度でも袖を通したものはしっかり裏地が変色してます。これ、自分でも「!?」と思う位だから、人に貸し出す時があったら、余程納得してもらわないとだろうし、リサイクルショップだと二束三文だろうなぁ〜などと思います。

 それにしても・・・私の年代は辛くも「嫁入りには着物」「嫁入りダンス」が生きていた(ついでに言えば、女性の結婚適齢記でクリスマスケーキ伝説もかつがつ生きてました。けど、無視しましたけど(笑))ものでした。

 何と言っても、私の世代は親が「欲しがりません、勝つまでは」です。青春時代、もんぺの上下。軍需工場での勤労奉仕やら、竹やり訓練。美しいもの、華やかなものと強制的に離されただけに、娘には!という思いが募っていた世代ではないでしょうか。
 
 一方で「着物を作るくらいなら、海外旅行へ行かせて!」などと主張する娘も出ていた時代(と言いながら、周囲で、断固着物を作るのを拒んだ人の話は皆無と言っていい位です。要は親孝行、又の名を軟弱と言います。ま、友達の結婚式に着物を着て出て、誰かいい人いないかなぁ〜なんて下心もあったんでしょうね^_^;)。

 私の場合、祖母もいましたし、着物を作るのは必須条項であまり抵抗をした覚えはないのですし、一応会社の健保組合でやっていた着付けなんかも行ったことはあるのです。

 しかし・・・結婚前に銀座松屋で自腹を切って作った色留袖。見事なもんですよ。だって、未だにしつけも解いていないもん。(涙)はるかかなた昔の虫干しの時にカビっちいものを発見したのですが、今回は老眼になったせいか見当たらない(笑)。

 私の財布に見合った金額ですので、名だたるご大家の「おこしらえ」とは桁違いに安いと思いますが、それでも二十数万円はしたと思います。なもので、自分の規準で言うと、ほれぼれするほど美しいです。特に、秋草の柄、大好きなオミナエシなどが裾に描かれてるのがよくてね〜。

 実は今度の週末、親戚の結婚式なんですけど、秋草の柄なんですから、本来は出番です。でも着ません。きっとぼろぼろこぼすだろうし、バタバタ駆けるだろうし、手入れそのほかが面倒だ・・・という以前に襦袢はどこだ〜?状態なんですわ。

 これって、息子の嫁さんに薦めるという最悪のパターンになりそうな気も・・・。で、「イヤです」と言われたら(言われるだろう可能性は絶大と私も覚悟しています)、そこで、ドレスに仕立て直しだなぁ〜と思ってます。

 で、ピンクの方は成人式にと祖母が昔お弟子さんだった呉服屋さんに頼んで作った手描きの振袖なのです。これは切りちゃちゃくり魔の祖母もさすがにそのまんまキープしてくれていたので、ゆくゆくは屏風かなぁ〜。(もう一枚のハートでくりぬかれた画像の方。絵羽のどちらかというとカジュアルな振袖は切りちゃちゃくられまして、訪問着になってますが、まぁ、上品な唐獅子ボタンみたいに四季の花が咲きまくってます。切った袖を着た市松人形を作ってもらったので、ま、いっか〜)

 しかしなぁ・・・

 結婚前と結婚後で、随分思っていたのと違う生活をしている・・・というより、分かっていたくせに、着物なんぞこしらえた自分がおアホでした。その時点では「母がずっと助けてくれる」とかたく信じていたもので、着物を着る機会もあると思っていたのですが・・・。

 男の子二人で、ひ〜こら言っているうちに、次は親は「面倒を見てもらうものじゃなくて世話するもの」に切り替わってしまったのです。しかも母はとっくに物故(涙)。

 気がついたら、全く着物が似合わない生活になっちまったなぁと思う昨今。ケチ虫としてはあってはならない文字通りの死蔵品です。果たして私が着物に袖を通せる日は・・・・???? 


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