東横イン津田沼店、説明をよ〜く見ると、パンと珈琲とスープと書いてありますが、部屋備え付けのアンケートにははっきりと「当店は朝食サービスはございません」とスタンプが押してありました。あちゃ〜!

それでも7時にロビー階に行くと、席がありません。昨晩、チェックイン時にフロントさんが「学生さんの団体が入られまして」と言っていたのですが、学生さんたちで占拠されてる状態。前もってアドバイスを受けていたので、紙皿、紙カップで部屋に持ち込みましたが、パン3つと小さなスープ、それに部屋で湯を沸かして飲むためのティーバッグ1個を持ち運ぶのが限界。部屋に戻って食べてしまうと、戻るの面倒で・・・・どうも甚だ乏しい食事となりました。

う〜む、今までの東横インの中ではかなり素っ気無いサービスであり、禁煙室が売り切れの後、ギフト券付きの部屋を予約せざるを得ず・・・どうも、割高だっ!と内心ジクジクしてました。

ところが・・・・電車とバスを乗り継いで行った葬祭場で会った甥によると「国体があるから、ホテルはどこも満室で、予約をするのが大変だった」との事。
う〜む、悪い時期でしたか。(でも、津田沼の東横インの朝食というのが、パンと飲み物だけと、他の東横インと比べ見劣りする事実は変わらないようです。ってか、部屋に持ち帰って食べなくちゃいけなかったのは、学生さんの罪でも、店の罪でもなく、単に間合いが悪かっただけなのですが、やっぱり面白くないぞと思ってしまいました)

伯母の望みで無宗教スタイルの告別式でしたが、祭壇のお花がとてもきれいで、若い頃から晩年まで、彼女がいるだけでぱ〜っと場が華やかになる人らしいお式でした。

何しろ、8月1日には新宿で遊び、前の晩にはお食事もしっかりいただき、お風呂も入って・・・翌朝の食事時間に出てこないからと入居しているホームの職員さんが見に行ったら・・・という理想的なピンピンコロリ。まるで眠っているように安らかな顔で、本当に後生がいいのだなぁと思いましたが、斎場で待っている間「本当に幸せな一生だった。わがままを通して」と辛口なお身内からの言葉が出ておりました。

この1年、とても葬祭参加の機会が多いのですが、私なりの結論として「持病がなく、そこそこ健康でいられたら、長生きするほど、ラクに天国に行ける」ように思います。やはり早世と言われる平均寿命以下で天に召されるケースだと、多くが本人もしんどいし、まわりも切なく、悲しいですね。

つつがなく葬儀が終わりました。私は昨日、喪服や黒いパンプス等を詰め込んだ四輪キャリーを引きながら駅でぱったり会った事情を知る友人達に、冗談で「これから成田からグアムに行くわよ」と言っていたのですが、斎場で着替えさせていただき、しめやかな雰囲気の喪服を召して方ばかりの中、故人の義妹さんと一緒に、これから遊びに♪という姿に戻って、帰途につくことにしました。



昨日、おもむろに思い出して、自宅のアドレス帳で調べてもらって(そういう時、どこに何が置いてあるか直ぐに分かると、家族に代行して貰えます)、父の親友のお宅にお邪魔する事にしました。

父は耳が遠くなって以来、お友だちとも疎遠になってしまって、最後に友人達と会ったのが4年くらい前でしょうか。中学校時代からのお付き合いのあったおじ様は大横綱常陸山の甥ごさんなので、大正生まれながら、恰幅の良い(ただし、横にではなく縦に)、ナイスガイで、江戸っ子らしくシャキシャキした方なのですが、お年は取っても、なかなか明晰で、古いアルバムを出して来て、色々なお話をしてくださいました。

昭和館が資料を求めているそうですが、喉から手が出そうな・・・・当時の学生達は軍事教練をしていて、軍服状態で映っていましたし、同級生から何人か特攻隊に行って帰らぬ人となったなど、もうじき終戦記念日という事もあり、貴重なお話を伺うことが出来ました。

名残はつきないのですが、何せ我が家から遠いので、3時半頃には失礼せねばなりませんでした。スープの冷めない距離にいる息子さん一家の気さくなお嫁さんがお茶とお菓子を出してくださいました。いついつまでもお元気でと思いました。

何せ、一度出ると、あれこれしてしまいたい性分。昨晩は友人が付き合ってくれたし、今日は懐かしい人にお会いする事が出来たし・・・・伯母が呼び寄せてくれたご縁でした。

悲しい、寂しいけれど、最後までお嬢様を通した伯母は天晴れでございました。きっと、天国でも華やかさを振りまいてしまうのだろうなぁと思いました。