小池龍之介さんの「考えない練習」を借りることが出来て、週末読みました。



 考えないというのには、五感を使って、じっくりと何かに取り組むという事が大切だそうです。食べるなら食べるで、テレビを見ながら、ではなくて、ゆっくりと味わう事。さすれば太り過ぎなどもなくなるそうですし、現代人はとかく「ながら」をしがちですし、同時進行に何かする事が合理的、賢い、などと言われてきましたが、それが不安や悩みを生み出すもとでもあるようです。

 ブログなどに書き流すのもじっくりの逆だそうでして、まことに読んでいて「それってあんたの事さ」とツンツンとつつかれているようでございました。

 ガチャガチャ脳の私は、起きている間、結構あれもこれもと頭の中にちらつき、若いころには「それって考え過ぎ」などとしばしば指摘される状態でありました。よって、不安が多く、しばしば辛い気持に陥りがちでした。

 とにかくノイズになるものから遠ざかった方が良いようで、ネットに没頭してしまう事(はい、耳が、いや目が痛い)、映像、音など刺激的なものもよろしくないようです。お笑いだって、「泣かせる話」だって、ベースに仏教でいうところの毒の部分があるから、どんどん刺激を求めるようになったりするそうです。

 もちろん、ノイズを発生しているような人も遠ざけた方が良いそうです。 
 遠ざけた方が良い人とは、単に騒がしいだけ、相手に返事を強いるようなくだらない話をする人、愚痴っぽい人などなど、自分に結構思い当たる節がありまして、なかなか痛いところをつかれた感じです。遠ざかってほしいと思いながら、お付き合いくださっている方も多々おられるのでは?と反省しました。

 一方で、自分が苦手な人というのも、ノイズを出すタイプなんだなぁと思い当りました。

 実はどうにも苦手だという人がいるんです。ものすごいおしゃべりで動き回るので、そばにいられるだけでせつろしい、noisyというのがぴったりな人です。ものすごい量を話しながら、何ひとつとして私にとって心に響く言葉や役に立つ情報だった事がないのです。結構傷つく事も言うのですが、後から「そんな事言った覚えない」と言われてしまうので、小池龍之介さんみたいに修行が出来ていない私には非常に腹立たしいのです。

 全く交わる必要のない人だったら、過去の人になってしまって、気にもならないのだけれど、いたしかたなく付き合わなくてはいけない人だから、嫌いなんですね。

 ノイズを出すタイプとは、敬して遠ざかる作戦で、徐々に関係を薄めて行くようにして来ましたが、たまに会った際に、無理なお世辞や作り笑いで自分をごまかすのはやめようとこの本を読んで思いました。心にもない事をやって自分に嘘をつくのはよろしくないとの事。

 今までは社交辞令だと思っていましたけれど、心をすり減らしてまで、noizyな人と付き合うのはやめる、そういう事を自分に許してもよい年齢、立場になっている事を幸いに思います。

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