結構好きな番組なんですが、今日は小塚崇彦とタイトルが付いたから、もう絶対に見逃せません。もちろん、録画もバッチリ(先日のロステレコム杯FSの二の舞はするまいと)。

 昨年亡くなられたおじい様が、満州フィギュアスケートのチャンピオン、その後、日本に戻って、スケート王国名古屋の基礎を作られたという話までは知っていましたが、なぜスケートを始めたのかが、スケート上手な少女への恋心というのは存じませんでした。

 今年のザ・アイスの日光でのショーでそのお相手の方と小塚選手が会っている場面があったので、小塚君はおじい様の恋心は知っていたかと思われますが、おじい様に惜しみなく技術を教えてくれたと言う親友の事、彼が南方の戦地に散ってしまった事などは知らなかったようです。
 きっとおじい様にとっては戦争がもたらした親友との別れは語るに辛い出来ごとだったのでしょうね。でも、オリンピックへの思いを諦めず、つなげるという行動で亡き親友の意思を引き継がれたのだろうと思います。

 おじい様がスケートを始めた動機を見て「単純だな」と笑っていた小塚君。「小塚家は単純なんです」との事。その後、親友のエピソードで目がうるうるし、戦後のおじい様の活躍、お父様のオリンピックのエピソード等を見て「負けず嫌いなんですね、小塚家は負けず嫌い」と言ってまして・・・・このコメントはファンとしては新鮮でございました。

 かつて私は祖母が「ロシアが」と言うと「違うよ、あの国はソ連だよ」と笑っていましたが、今や逆に「ソ連」とつい呼んでしまって笑われかねない事になっていますが、ソ連があった時代って、シベリア抑留に対する怨嗟の念も強かった時代でもあり、本当に、日ソの友好というのは草の根レベルで細々という感じでした。ソ連に好意を示すなんて、よほどの変わりものと思われても仕方ない時代に、高いスケート技術を導入するために、わざわざロシア語を習って、敵国と言ってもいいような状態の国に行ってスピーチして、人々に強い印象を与えたおじい様は行動の人、信念の人でいらしたのですね。

 サラブレッド、サラブレッドって、馬じゃねぇんだよと思っていたと言う小塚選手ですが、自分がサラブレッドと呼ばれる意味が分かったようです。そして、スケートは観るスポーツだけじゃなくて、楽しんで欲しいと言っていましたね。なが〜い先の彼の生きる方向性も分かったように思います。

 小塚選手と並んでいたお父様のコメントも印象的でした。おじい様、お父様には厳しかったんですね。孫には甘く・・・だからこそ、お父様もしっかり小塚選手を育て上げる事が出来たのではないでしょうか?


 良い番組でした。

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