ここ数日、体調が悪く、昨日は一度起きたものの、どうにも力が入らず、寝床に潜り込んでしまったふがいなさでありました。
  
 私位の年齢になると、既に片手では足らない、いや両手でも足らない程の働き盛り、現役世代の死を、身近な人の配偶者や、かつて親しかった人の間で聞き、又聞きも入れたら相当な人数になっています。

  ということは、自分もそういう適齢期に入ったという事で、私の場合は昨秋の救急車騒動で実感しましたが、体が言うことをきかないという事態に、また、いきなり、突然、唐突に(馬から落馬ですな(^^ゞ)、死神さんがお越しなる可能性を感じたのであります。

 なーに、善人は早死にするって言うから、あんたは大丈夫だよ、とか、おばあさんが102才まで生きたから遺伝子貰ってるでしょ、など、意地悪だか、優しいんだか分からないコメントを方々からいただいちょります。

  しかし、昨今の報道を見てると、高齢者の増大が財政圧迫とやたらと言われているし(読み上げているキャスターはもちろん、金が足らないから増税だと叫んでいる政治家も、大概は問題発生予定の年代には、高齢者の側でカウントされている筈なのに、他人事のように言っているのを見て、ひとりおかしがってますが)、そもそも、高齢になって、身辺自立が厳しくなった時の居場所と言うのが著しく欠けているのも、あちこちで聞きます。

  家庭を頼れば、少子化の中、労働力を欠くことになるから、またまた低賃金を当て込んで、外国人を当てにしたいらしいけど、外国の方々に対してはもちろん、そもそも、育児や介護を、一段も二段も下に見た失礼な発想だと思います。

  とは言え、人が年を取り、死に至るのは、始皇帝だって止められなかった自然のことわりで、今の日本の人口構成では、どうしても、多数の高齢者を少数派となった働き盛りが支えなくてはになるのでして・・・。

  
  一番簡単な解決策は、長生きしないことです。それも医療費をあまり掛けずに、とっとと逝く。病に掛かって、とっとと逝くには、年を取りすぎない方が良いようです。


かつて、長生きが肩身が狭いと、ご高齢の方が身を縮めていた時代に逆戻りですな。(~_~;)


  一説に、そういうもんが体に悪いとは知らず、戦中に食料不足を味わった親世代が、良かれと思って、せっせと可愛い我が子に、真っ赤なソーセージを初めとする添加物だらけの食品を食べさせた、という昭和三十年代生まれは、早死にするそうで、確かに周囲で訃報を多く聞くのが、この世代に思われるのは、自分が同世代だからでしょうか?


   ひがみっぽいと思われようが、あんたらは高齢者福祉がパンクする前に、早く死んで欲しいです、と言われているように感じてしまう昨今でして、シニア向け雑誌の広告欄でにこやかに微笑むケア付マンションでの優雅な老後には全く想像が及ばないのであります。

  ピンピンコロリの願望は、これから、ますます強くなって行くことでしょう。


  長寿を素直に喜べない社会って、希望の見えない社会だよね。

  これからの人生が長い、若年世代に、享受したものの多寡の差はあるにせよ、既得権をまずまず手放さずに来られた中高年世代は、何をしてあげられるんだろうか?

  早死にだけが答でないようにと思うけど、昨今の報道を見聞きすると、早死にだよ、と思われてくる堂々巡りに陥っております(..;)。