台風一過の青空になりました。気温は高くなって来ていますが、風が通り抜け、蝉が賑やかに鳴いているのを聞くと、子どもの頃の夏休みを思い出します。

    あの頃は無限に続いて欲しかった夏休み、親になってとんでもない!と知りましたが、何かに夢中になっている時に、手伝って!の声を聞くと中座するのが嫌で、ブシブシ文句を言って叱られたものでした。

      あんたに頼むと、必ず文句を言ってはい!と素直に動かないから、嫌になる!
     若かりし日の母の怒りが思い出されます。

     しかし、そこは親子、ブシブシ文句を言おうが、結局は手伝わざるを得ないし、母も懲りることなく、何度でも手伝いリクエストを出すのでした。

      理屈っぽい私は、長じても、納得しないとスンナリ動かず、周囲をイラつかせたりしたように思いますが、納得→動くでは全く間に合わなかったのが子育て。

       子どもを持つことを強制しようとしたり、子どもの有無を生産性に絡めようという愚論には断固反対の立場ですが、こと自分に関してだけは、子どもを持ったことで腰が軽くなったメリットはありました(と言いつつ、未だに石橋を叩いて渡らなかったり、あれこれウダウダ迷ってぶつくさ言ってますね〜f^_^;)。

      学生時代から社会人になって、そして家庭に入って、ますますわかりましたが、そんなにたいした事ではない事をお願いしたり、頼んだりした時にブシブシ文句を言う人には頼みたくなくなります。
   
      所詮は大した事ではないから、じゃあ、ちょっとキツいけど、自分でなんとかしようとなりますし、この人には何かを頼むのはやめよう、少なくとも一番最後の候補にしようと思うようになります。

      ノーと言えない事で、あれこれ人の荷物や雑用を引き受けてしまう方には、いっそ羨ましいですよね。

      もちろん、言うべき時にはノーを言わなくてはと思いますが、さして手間や時間がかかる事でもないのに、いちいち文句を言う人って、だんだんと人が遠ざかります。

      例えば、手が離せない時に、ちょっと物を取ってもらうとか、そんなに急ぎでない外出の通り道にあるポストに投函して貰うくらいの事です。

     いっそのことノーを貫いてくれたら始末に良いのですが、ブシブシ言う人に限って、実際は引き受けることが多いです。大変な事をやってあげてるって恩着せたいんですかね?

      私のような練れてない人間は、同じやるなら、ぶーたら言わず気持ちよくやれよ!と感謝がぶっ飛びます。

      家庭内はその修羅場の最たるものでしょうか。家事分担を巡って、主に女性が不満をぶちまけるのは、大したことでもない事をさも大変なように文句垂れつつ手伝うのに、日々の地道な家事は誰でも出来る、あるのが当然な空気みたいに思っているらしい配偶者はじめ、男性のふるまいである事が多いですね。

      特に共働きの家庭で、家事をお手伝いという意識はどうかと思うのですが、それでも気持ち良く動くのと、都度ブシブシ言ってから動くのでは、家庭内の穏やかさが俄然違ってしまうことでしょう。

     何でもかんでも引き受けるようなお人好しになったり、身勝手な人、甚だしきは詐欺の的になるような事態は絶対に避けたいですが、大した負担にならないささやかな頼まれごとは出来うる限り気持ちよく引き受けた方が吉! 

      用を頼まれる、頼めるって、信頼関係があるからこそ出来るんですよね。

      と、子育てを通しての人間関係やご近所関係で実感いたしました。