友人の声掛けで、子育て仲間四人で久々の映画鑑賞。

  これといって大きな事件はない、普通の人の人生と茶道を絡めた佳品。

   しみじみとした味わいという感じで、派手なアクションはもちろん、若い二人の女性の恋愛模様も殆ど触れられない。職場の場面には皆無。

  いとこ、家族、お茶の師匠、弟子たちと言った主人公の典子を取り巻くプライベートなささやかな人生の中で、最初は母に勧められて、まぁ仕方ないで、ご近所の武田さんに習い始めたお茶が、次第に人生に寄り添って行く様子を描いている、ありていに言えば地味な作品。

   亡くなられた樹木希林さんの師匠が素晴らしい!と絶賛の評を読んだが、たしかに。

    自分をありのままに出す自然体、師匠だけれど飾らず、驕らず。

    典子やいとこの美智子が、最初は形式的で何の意味があるの?とつい口にしてしまい、家族で中華街に繰り出す、など楽しい事があればサボってしまおうと思うレベルだったのが、通っているうちに、あるとき、自然に所作が身に付いていたのに気付いたり、水の音の違いに気付いたりして、人生に欠かせないものになって行く様子を、先生のお宅の小さいけれど手入れの行き届いた庭や、床の間の掛け軸、部屋のしつらえの変化と共にうつし出している。

    狭い茶室から、広大な精神世界が始まるというのがわかる作品でした。

    樹木さんの師匠は、戦国大名のように器や道具で覇を競うことはなく、稽古ごとにありがちな派閥を誇る事もなく、師匠の言うことが絶対と上から目線になることもなく、淡々と丸く穏やかで、本当に素敵です。

    冒頭、武田さんのご挨拶がとてもきれいと言う母親の言葉を聞いて、お稽古に行き、やめてもいいくらいだったのが、だんだんに馴染んでいくうちに、近所に住む武田のおばさんが典子の中で先生となって行く流れも自然でした。

    強く引っ張って、アドバイスしたりはないけれど、武田さんは典子にとってはメンター。良い出会いだったのだと思います。

     友人の中には、茶道を始めたり、若い頃から続け、師匠格になっているらしい人もいますが、みなさん、素敵です。

    子どもの頃に祖母が茶道と華道をなさる独立系の先生を奈良からお呼びして親しい方々とお稽古していたのを思い出しました。

   が、転居により、途絶えてしまい、その後、OL時代に健保組合のお手頃なお稽古として、茶道に少し通ったものの、この映画の美智子のように、それが何の意味があるの?から突き抜ける事が出来ず、何より、右と言われれば左が出る超の付く鈍さで、所作を全く覚えられず、見事に撃沈しました。

    茶道も華道もかじりはしたものの、全くものにならず、コスパだの節約だのに血道をあげ、自らドケチ虫を自称する体たらく。f^_^;

    でも、かじったからこそ、長期的な視野で暮らしを営む良さも分かるし、実は憧れてもいる(以前、食器のことで書いたように、うちにあったら似合わないけど、あるべき場所にあればステキ、と言うのが暮らしぶりにもあるのです)。

    短期的な視野で、せせこまと利を追い、朝令暮改な今の世のありようが、気に入らない、と思うのはもしかすると一種の近親憎悪かも知れませんね。💦

    大森立嗣監督、インパクトの強い作品を撮る方と思っていましたが、ゆるゆると流れるこういう作品も撮られるのですね。

    映画の後はお楽しみランチ。時間制限無しで、ゆっくり出来る!を条件に、映画館のあるビル内から選択。お初のすかいらーく系のしゃぶしゃぶのしゃぶ葉に行きました。

     平日は四時までオーケーだし、食べ放題ではなくて3皿のお肉に野菜やご飯ものは食べ放題というのが、おばちゃんずにはありがたかったです。

    猛暑を挟み、かなり久しぶりなので、しゃべる、食べるでとても楽しい時間が過ごせました。