詳細を書くのははばかられますが、最近、結構、重たい話を複数の友人から聞いています。自分のことじゃないと言っても、結構来ますよ、ず〜んと。

 その中で思った事のひとつが、優しそうな言動が、実はそうではないという事。

 非常に大雑把に言えば、ある人から捨てられたというような別れ方をした時の話。

  例えば、経済的不如意でもなんでもないのに、別れた相手とそっくりだから、顔も見たくないとわが子を手放したケース(※今の朝ドラ「なつぞら」のように、戦争で離ればなれにならなくてはならなかったり、親が何らかの不如意な事態に見舞われて、自分では育てられないからと泣く泣く手放すケースではありません)。

  あるいは自分が不実を働いて、別れを招いた人間関係のケース。

  前者、赤ちゃんだった子どもが育って、何らかの機会に再会した場合、どうすべきでしょうかね?

  ある人は「私がその親御さんなら、あの時はごめんなさいと子どもに心から謝る」とおっしゃておられましたが、私の答えはNO!

  あくまでも、冷たいバカ親だったという振る舞いをした方が、別れた子どもにとっては迷いがなくて良いのではないかと思うのです。

  元親は謝ったら気がすむかも知れませんが、それは相手の赦しを乞う事。許してもらえないにしても、思いを伝えて、ある意味のカタルシスが得られることでしょう。

 でも、おそらく子どもの側としては、ならばどうして自分を手放した!と責めたくなったり、それほど自分のことを嫌っていたのかと、思ってしまったり、一見優し気な言葉を掛けられたことで、かえって苦しむのではないかと思います。そんな風に苦しめたくないのなら、自分が気がすむ方を優先せず、最後まで悪いヤツ、ろくでなしの親だったと思われる方を選ぶべきだと思います。それがやむにやまれずの事情もなかったのに手放した子どもに出来る最低限の贖罪ではないでしょうか。

 親子ではなくて、男女、あるいは友人同士の別れでも、同じこと。

 不肖私め、かつて不誠実なふるまいをした人との別れ際に「これからは幸せになって欲しい」的なきれいごとを言われ、瞬時に言い返したことがあります。「何言ってんだ、無責任な」

 これ聞いて、相手は速攻で顔を真っ赤にして逆切れしました。痛いところを突いたみたいです。先方としては、別れ際に優しそうなことを言ったら「ありがとう」とか心地よい言葉が返って来るか、すくなくとも当たり障りのない言葉が返ってきて、気分よくふるまいたかったんでしょうな。だけど、言い返されて、気分を害したとともに、自分に非があることを蒸し返されカッとなったってところでしょうか。ザマァ(以下略💧)

 あの時、きれいごとにせず、瞬間的に、ざけんなよ👊モードで返せてよかったなと、後悔は全くないです。それどころか、言い返さず、相手が満足するような返答をしていたら、その後ずっと激しく後悔していただろうと思います。

 だって、自分の非を棚にあげて発する優し気な言葉って、自分はいい人だとふるまいたい、認められたくて発する言葉。内実は自己チューで、相手の心の傷のことは全く考えていないんですから。そんなヤツをいい気分にさせていたら、相手に傷つけられていても、なお好かれたいといういい子ぶりっこの自分を嫌いになっていたと思います。

 言い返せたあの時の自分にグッジョブと言ってあげたい(笑)。

 
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