コロナのバカ〜〜〜と某首長がツイッターで叫んでおられる現場を見ました(笑)。

 コロナのバカ〜じゃ、かつてトヨタ自動車が生産していたミッドクラスの名車が可哀そうじゃんと思うし、冷房機器メーカーのコロナさんも、ビールのコロナも可哀そうじゃんと思うのですが、日本人の癖で、なんでも略してしまうのでしょう。

 という訳で、私も長々しく書くとタイトル欄からはみ出そうなので、コロナのせいだ!というタイトルにしましたが、新型コロナウィルスのせいだ!というのがタイトルの本当に意味するところです、念のため。
  
  なぜこんな責任転嫁のタイトルにしたかと言えば、それなら誰も傷つけなさそうというのもありますが、あんまりにもトホホな事態に陥ったのは、きっと新型コロナウィルスによってもたらされた(そこんところは政治的な〇策が促進している部分も大ありかとは思いますが略します)多大なる閉塞感のせいにしておきたいのです。

 家でおとなしく読書にいそしんでいたのですが、半分近くまで読んではたと気付いた。

「何か既視感ある、このストーリー運び」

 そして3/4くらいまで読んで、やっと確信した。

「これ絶対に読んでいるよ」

 しかし、どうにも結末が思い出せません。なので、最後まで読みました。

 なんと初版発行されたのは昨年です。古い本じゃないのです。

希望の糸
東野 圭吾
講談社
2019-07-05



 では、とパソコン立ち上げて、エクセルで作った読書リストを見てみました。

 がぁぁぁぁぁん!

 初版が7月ですが、読んだのは昨秋、9月末から10月頭にかけてです。ついこの間のような気がします。(;^_^A

 あああ、こんなにモ〜ロクしたか。以前は同じ本を借りてしまっても、もっと早い段階で気付いていました。それより前には同じ本を二度手に取るなんて(ナルニア国ものがたりシリーズみたいに偏愛していれば別ですが)ありませんでした。

 なのに、なのに・・・・読んだという事実も忘れていれば、結末も抜け落ちて・・・トホホ

 そしてリストを見て、はたと気付きました。

 今手元にあるのは市民図書で今年の2月の新着本として入った本で、だからこそ「わ〜いラッキー」と借りて来たのですが・・・昨年のリストでも貸出先は市民図書となっております。

 もしや図書委員さんたちも、同じ本を2度買ってしまったんだろうか・・・だとしたら仲間でホッとするんだが・・・

 でも、本当は地区センターとかほかの場所で借りたのに、リストに打つときに市民図書と打ってしまった可能性もありますので、だとしたら、さらに落ち込みますわ。

 手元にはまだ地区センターから借りていた本がありましたが、これも何だか既視感があるなと思ったら・・・

 やっぱり「希望の糸」の読了後に読んでいましたわ。

シーソーモンスター (単行本)
伊坂 幸太郎
中央公論新社
2019-04-05



 こちらも頭からすっからかんに抜けています。地区センターから借りていました。

 いっそうのこと、もう1回読むか・・・図書館は大きいのから小さいのまでぜ〜んぶ休館だらけだもんね〜。( ;∀;)

 週末に読んだ、これだけは初めてでした。




 しかし、この本は読み始めて間もなく「ずいぶん前の時代設定になっているぞ」と気付きました。「きっと、これが前段で、話は現代につながるに違いない」と思っていたのですが、奥付を見たら、2004年初版で、地区センターでは2005年の版を「新刊」として並べていました。

 本に貼られた貸出票を見ると「元年」から始まり「2年」となっているので、昨年購入は間違いないようです。

 田舎の公務員の事なかれ主義や、政治家の腹黒さを描いた作品であるのがタイムリーとされて、購入希望が出されたのでしょうか。謎ですが、読んでいると、未だにそういう地域もあるよとは思わされます。

 何はともあれ・・・同じ本を重ねて読んだり借りたりしてしまったワタシ。

 ボケ度が進んだんじゃない、閉塞感のせいで判断力が狂ったんだ!

 という事にしておきましょう。


 蛇足ですが、先月末でコメント欄を閉じてしまったどころか、どうやら過去のコメントも全部消してしまった週刊東洋経済オンライン、面白みが減ってしまって、こういう時の暇つぶしにつかえなくなったなぁ。

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