寒いのでいじけていました。

 ホントは長男がお世話になったピアノの先生の20周年記念発表会で、一応御招待状もいただいていたのですが、当の長男が出場しない事。加えて新しい会場なのは良いのですが、「わざわざ」行こうと思う程の引きが無い(例えば、以前長男が出ていた会場の同じ建物内にはフェアトレードショップ・ベルダも入っていました)ので、めげちゃいました。

 先生は片手間やお小遣い稼ぎのためにお稽古をされている方ではなく、大黒柱として全力投球されているために、相性が悪くなければ、結構上手に弾けるようになり、この少子化、経済的に大変な人の多い世の中で、新しい生徒さんがドンドン増えているし、古い生徒さんもなかなかやめないので、プログラムを見ると、大変な参加人数なので、まっ、いっか〜と。(^^ゞ
 それよりも、ちょっと気になるのは、歳暮を受け取った兄からのメールで、祖母がうつらうつらする事が増えて、天国の門が大分近い感じらしいのです。

 秋口に会った時に丸まって寝ている彼女の姿を見て、別れの日はそう遠くないんだなぁと寂しく感じましたが、何せもはや天に召されてもおめでたいと言って良い年です。

 でも、私としてはたったひとりの色々な事を話せた血縁の女性がいなくなるのはものすご〜く寂しいです。(何せ、いとこも一人もいないし、伯母さんが一人いましたが、もう亡くなっていますし)

 んな事考えて、意気消沈し、年賀状印刷をしようと思っていた手が止まってしまいました。年末に不幸ごとがあったら、喪中はどうなるんだろうとか。

 そうそう、昨日、OL時代に出向先でご一緒させていただいた人柄もよく、落ち着いたエンジニアさんが、まだ50代後半なのに亡くなっておられて、奥様から喪中はがきをいただいたのも、落ち込む理由の一つです。善人は早死にすると祖母と比べて思っていたのですが・・・。

 今年は以前よりずっと喪中の挨拶が多くて・・・そういう年頃なんだと思い、また、我家的には長男はすっごくハッピーだったし、私も彼をダシに楽しませて貰えていい年だったじゃんと思いつつ、周囲を見回すと、どっか寂しいですね。

 こうなったら祖母には100歳の誕生日を迎えて欲しいんですけど、それは他人のわがまま勝手というものかも知れないですね。(本人は早く死にたいと言いつつ、死ぬのがコワい、痛いのはイヤとも申しておりましたが、多分、うつらうつらして・・らく〜に行けるんだなぁと、願いがかないそうで良かったねと思ってもいます)

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