情けないんですが、昨日の太陽燦燦のトマトもぎで、ややばてたみたいです。(張り切りすぎ?!)
なので、今日はおとなしく、金田一春彦記念図書館から借りてきた本の中から「新選組 永倉新八外伝」を呼んでおりました。
著者、杉村悦郎さんという方は、新八さんのひ孫なんですね。
新撰組ファン(タイトルでは新選組となっていますが、私が慣れている表記は新選組なので、こちらを使います)の方ならご存知かと思いますが、永倉新八さん、ご維新後は杉村姓となっておられます。
なので、今日はおとなしく、金田一春彦記念図書館から借りてきた本の中から「新選組 永倉新八外伝」を呼んでおりました。
著者、杉村悦郎さんという方は、新八さんのひ孫なんですね。
新撰組ファン(タイトルでは新選組となっていますが、私が慣れている表記は新選組なので、こちらを使います)の方ならご存知かと思いますが、永倉新八さん、ご維新後は杉村姓となっておられます。
子どもの頃のわずかな期間を新八さんと暮らした著者のおじいさんの語りに、郷土史家などによる資料や、著者が当たった資料などから、明治以降、謹慎かつ漂泊の身となった新八さんの足跡を追っています。
最終的には近藤勇と袂を分かったとはいえ、いわゆる新選組ご法度に触れる事はなく、最後まで幕府方の戦闘員として全うしようとした新八さん。維新後に函館戦争で嫡男を失った医家の婿養子となりました。が、医術の心得があるわけではなく、やはり剣道指南で生きるしかなかったようです。
子母澤寛の新選組シリーズで有名になったエピソードもありますが、地味に埋もれて暮らしていた新八さん。当初は残党狩りを恐れてもいたようです。
交友関係など、詳しい資料がない部分は、推測も多いのですが、子孫としては、こうあってほしいという部分は、特に逆賊扱いされていた不遇の身だった先祖の名誉回復の意味合いもあって、想像が膨らむことと思いますし、戊辰戦争時代の関係性から言ってありうるだろうなぁと思わされます。
表紙は晩年の新八さんの写真。当時としては長寿の七十代で亡くなっていますが、今の高齢者と比べると、ずいぶんおじいさんおじいさんしています。幕末の京都の町で、仕事として、何人も斬らざるを得なかった鋭さはがっしりと座った姿勢に現れていますが、表情は、好々爺とは言えないまでも、漂泊の末、洗われている感じです。
新八さんと、その周囲の人たちの動き(中には惨殺されたり、処刑されたりする人も)と、日本の歴史の流れが絡んで、興味深く読めるので、一気でした。
ちなみに、著者の弟さんはアニメなどのプロデューサーだそうでして、魔女の宅急便などにも参加されているようです。
最近になって、斉藤一の子孫も名乗りを上げられたし・・・・賊軍といわれていた人たちの名誉回復は、今も行われているのですね。
新選組ファンから入った私・・・・自分には実は長州の血も流れているというのを意識したのは、ごく最近。ひいひいじい様はあくまでも下っ端だったそうですが(木戸孝允などのパシリだったらしい^^;)、一応、維新側の志士だったらしい。なので、大河ドラマの「八重の桜」の戊辰戦争に至るストーリーは重たかったです。
(蛇足ながら、父方は関東在で、上野寛永寺ともご縁があったらしい家なので、明らかに幕府ひいきだったと思います。両親がいまひとつ、仲が良くなかったのは、先祖が長州 vvs 幕府方 のせいだったのでしょうか?
)
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最終的には近藤勇と袂を分かったとはいえ、いわゆる新選組ご法度に触れる事はなく、最後まで幕府方の戦闘員として全うしようとした新八さん。維新後に函館戦争で嫡男を失った医家の婿養子となりました。が、医術の心得があるわけではなく、やはり剣道指南で生きるしかなかったようです。
子母澤寛の新選組シリーズで有名になったエピソードもありますが、地味に埋もれて暮らしていた新八さん。当初は残党狩りを恐れてもいたようです。
交友関係など、詳しい資料がない部分は、推測も多いのですが、子孫としては、こうあってほしいという部分は、特に逆賊扱いされていた不遇の身だった先祖の名誉回復の意味合いもあって、想像が膨らむことと思いますし、戊辰戦争時代の関係性から言ってありうるだろうなぁと思わされます。
表紙は晩年の新八さんの写真。当時としては長寿の七十代で亡くなっていますが、今の高齢者と比べると、ずいぶんおじいさんおじいさんしています。幕末の京都の町で、仕事として、何人も斬らざるを得なかった鋭さはがっしりと座った姿勢に現れていますが、表情は、好々爺とは言えないまでも、漂泊の末、洗われている感じです。
新八さんと、その周囲の人たちの動き(中には惨殺されたり、処刑されたりする人も)と、日本の歴史の流れが絡んで、興味深く読めるので、一気でした。
ちなみに、著者の弟さんはアニメなどのプロデューサーだそうでして、魔女の宅急便などにも参加されているようです。
最近になって、斉藤一の子孫も名乗りを上げられたし・・・・賊軍といわれていた人たちの名誉回復は、今も行われているのですね。
新選組ファンから入った私・・・・自分には実は長州の血も流れているというのを意識したのは、ごく最近。ひいひいじい様はあくまでも下っ端だったそうですが(木戸孝允などのパシリだったらしい^^;)、一応、維新側の志士だったらしい。なので、大河ドラマの「八重の桜」の戊辰戦争に至るストーリーは重たかったです。
(蛇足ながら、父方は関東在で、上野寛永寺ともご縁があったらしい家なので、明らかに幕府ひいきだったと思います。両親がいまひとつ、仲が良くなかったのは、先祖が長州 vvs 幕府方 のせいだったのでしょうか?
