昨夕から今日、もう使い物になりません。

  来るべきものが来たとは思った小塚選手の引退ですが、ショックだったのは「氷上を去る」「皆様に(お別れの)ご挨拶する」という報道並びに公式サイトの本人ご挨拶の言葉でした。公式サイトも4月4日でクローズしてしまうそうで、マネジメント会社も離れ、会社員となるのは確実なようです。

  とりあえず、もう何も考えずに、これが最後の演技になるという4月17日のスターズ・オン・アイスの座席はぽちっとして何とか確保しましたが、引退報道の後、空席もあったのが、あっという間に売り切れました(たまにTwitter上で、チケットの戻りがあるという親切な方からのつぶやきがありましたが、すぐに無くなってしまうようで、席のグレードを云々しないで正解だったようです)。

  
 てっきりプロスケーターになるか、コーチ修行などされるかと思っていたので、トヨタ自動車の従業員として再出発の言葉にはまさしく、が〜〜〜ん∞でした(これはファンにとっては共通の衝撃のようです)。
 しかし、それだけ無理を重ねておられたのだろうと思います。

 運動していなくて、体を酷使していなくても、接骨院通いが常態化している身なので、運動をして、それも人一倍激しい動きをしていて、股関節の障害を抱えている事の大変さの想像はほかの人より身に迫ります。

  痛みや、おそらくきしみのようなものも抱えて、あれだけの美しいスケーティングを見せてくれた事、それも、傍目には全く痛みを感じさせず、明るく楽しげに振舞っておられて、本当にすごい精神力だったのだなぁと思いますし、結婚された奥様をはじめ、コーチやトレーナーさんなど、スタッフの方たちのサポートの力もあったと思います(そして、私のような遅くなってのファンはともかくとして、大勢のファンの力もあったと信じたい)。皆様、本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。

  
  思えば、子ども時代から斜に構えたところのある私でした。独身時代の、的を絞らない外国人アーティストのコンサート通いくらいはありますが、誰か一人に夢中になり、その人を重点にショーや試合に行くという経験は初めてでした(もちろん、足を運ぶごとに、ほかのスケーターの方たちにも魅了されました)。

  古くからのファンの方たちとは違い、バンクーバー五輪以降にやっと小塚選手の顔と名前が一致して、そこからです。

  それがどうして、台北や上海まで行くくらいになってしまったのか・・・もともと小塚君のファンの方たちが立ち上げておられたホームページやブログ、特にありすさんのブログお力は大きかったですが、それでも、どうして、実際に動けてしまったのか、人が多く混みあう場所がかなり苦手だっただけに、自分でも不思議でした。が、先日、中学時代の友人と話して分かりました。

  小塚君のおかげで、心が折れないで済んでいたのです。

  ものすごい事をやりながら、それを感じさせない奥ゆかしいと言っても良いのではないかと思われる、日本美と通じる美しさのスケーティング、リンクの外のお茶目さやはつらつとした姿を見られることで、私は心が折れないで済んでいたのだと・・・・。

  いつも能天気ベースでブログを書いていますが、小塚君を応援しはじめた時期は、精神的に辛い時期と重なっていました。

   何のために自分は生きているのか。存在価値を見失いそうな時に、彼の存在のおかげで、自分いじめ、自分たたきをする方向に向かわなくて済んだ部分が大きいなぁと思っています。 

  もちろん、ど〜んと落ち込んだり、心の中に黒雲が立ち込めるとき、親しい友人たちの支えは本当にありがたかったし、今も感謝しています。

  が、土砂降りな心を(いっときでも)スコ〜ンと青い空に切り替える力は、小塚パワーが一番強烈でした。

  本当に氷を離れてしまうのか、あなたの美しいスケーティングを待っている人、学びたい人はたくさんいるんだよと思うけれど、今は養生の時間なのでしょう。

  きっと、いずれ、氷の上に戻ってきてくれるんじゃないかなぁと希望を持ってしまう事をお許しください。

  でも、今は何より、更に幸せになってください。

  ありがとう、本当にありがとう。

  はなむけの言葉を書かなくちゃと言うのに、書きながら泣いてしまいそうなので、いささか支離滅裂ですが、今日はこれくらいにしておきます。

人気blogランキングへ