中学時代からの友人と神奈川県立金沢文庫の忍性菩薩展を見ました。

 たまたま彼女は忍性に関心を持っていたそうで、散策した称名寺境内から小さなトンネル経由で移動しました。

  称名寺は紅葉より、銀杏の黄葉がより見事で、外国人観光客までいらして、かなり賑わっていました。

image
image


image


image


  金沢文庫は称名寺と不可分で、宗教法人であるお寺と県立の博物館である金沢文庫と、棲み分けが私には不明ですが、真言律宗の寺院である称名寺の創建に深く関わったのが忍性。

  その忍性の主に前半生に関する展示が奈良国立博物館で秋口まで開催され、関東に拠点を移した主に後半生を今回紹介しているそうです。

  ラッキーな事にたまたまボランティアガイドの方の説明時間ピッタリだったので、死後、後醍醐天皇から菩薩という称号を賜ったことから、忍性菩薩というタイトルになった事などもわかりました。

  生前の忍性の行った今で言う社会福祉活動が菩薩業と言う事ですね。鎌倉の極楽寺をベースに活動という事で、極楽寺からの出品が多かったですし、兵庫、京都、茨城、奈良など、忍性が関わりを持った場所からの出品もありました。
  
  徒歩移動がメインの時代に、高僧なのに、いや高僧だから、随分遠くまで移動されたものですね。

 金沢文庫は鎌倉時代に北条執権のいとこ、北条実時が設立、主に教典や書など、文教関係の物を収集した場所ですが、鎌倉幕府と北条氏の滅亡を経て、荒れる時期もあったものの、時の権力者が珍重し、今に至るまで続いているのですから、よほどの価値が認められていたんですね。

  今回はごく最近に国宝指定を受けた経典や手紙など、文書もたくさん展示されていて、甚だ情けないけど、同時期の英語の方がまだわかるんでは?という身には、至って地味な国宝でしたが、古文書好きなら目が爛々でしょうね。

  嵯峨の清涼寺方式の釈尊像や、忍性、その師の叡尊像など仏像も展示されていましたが、高僧お二人の表情のリアルさ、釈尊の周りの十大弟子の表情の豊かさなど、ついつい見入ってしまいました。

  昨日見たクラナーハ展では、宗教的寓意を隠れ蓑に?と言いたくなるようなエロティシズムを見ましたが、今日の展示は骨太なリアルオッサン(失礼!)という感じで、洋の東西、似たものも多いけど、これはかなり違いますなぁ、と思いました。

  解散前にちょこっとお茶。

  そうそう、散策前には明治憲法草案の地の程近いお蕎麦屋さんで十割蕎麦でした。昨日、今日、二日続いても蕎麦は飽きない関東人です。

image