夕方のニュースでご逝去を知りました。
母とほぼ同じくらいの年齢(兼高さんの方が一年先輩)なのに、世界を飛び回る彼女は若々しく美しく、テレビをみながら、時折母が嘆息していました。
まだ一般人の海外渡航が自由に出来なかった頃から、しかも女性の生き方が今より遥かに狭かった時代に、世界各国を訪問して、現地の人たちと交流する様子を伝えてくれる『兼高かおる世界の旅』は、多くの人を魅了したと思いますが、娘時代の私にも憧れのステキな番組で、我が家の日曜の朝には欠かせない存在でした。
どの国を訪問しても、不思議な程違和感がなく、民族衣装もお似合い、現地の人たちに敬意を払い、マナーに適応して、旧知の間柄のようになってしまう魅力的な人でした。
美人で語学も出来て、根性もあって、でも、とてもエレガント。相方として聞き手をされていた芥川隆行さんとのやり取りの中で、そうなんですの、という言葉遣いのきれいさも魅力でした。
私は一度だけ、NHKホールにオペラを聴きに行った時に兼高さんをお見かけした事がありました。
ヒョーショージョーで始まる読み上げが大人気だった、大相撲でパンアメリカン航空友好杯を授与されていた親日家のジョーンズさんと談笑されていました。
お二人とも眼光に鋭さがありましたが、今で言う目力がおありだったのですね。兼高さんはサリーのような感じのエレガントなゆったりしたドレスをお召しだったような記憶があります。
余談になりますが、スタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』の感想で、2001年になっても、宇宙の旅が出来るかは不確実だが、2001年になってもパンアメリカン航空は確実に存続している、と言うのがありましたが、何と2001年を待たずして、無くなってしまうとは、本当にびっくりしました。今やパンナムという愛称を知っているのは中高年まででしょう。
閑話休題。
私が子育てに奔走し、テレビ番組を落ち着いて見る事も出来ない時期に30年余りの長きに渡った番組が終了してしまったのは残念でした。
兼高さんの番組を見たおかげで、アメリカ、ヨーロッパばかりに目が行きがちだった中で、世界は広い、色々な国、色々な文化があると知ることができました。
母が旧ソ連の旅をし、シルクロードを絶賛したのも、NHKの番組『シルクロード』の影響もあったかも知れませんが、ビジュアルの美を追う面が強かったあの番組より、自分も旅に行きたくなるようなあたたかみを感じる兼高さんの番組、中央アジアのカラフルなクイナク(絣)を着て、風物や景色を紹介しつつ、土地に溶け込む兼高さんの姿に惹かれたのではないかと思います。
母の大絶賛を受けて、割と直ぐに父と行ったお正月のシルクロードで、ああ、兼高かおるの世界の旅の世界だ、と感慨深かったのも、遥か遠い思い出となりましたが、今も鮮明にサマルカンドの青空、イスラム建築の美しさ、羊肉の料理に素朴で善良な人たちの事が頭の中のスクリーンに蘇ります。
兼高かおるさん、旅の楽しさを教えてくださってありがとうございました。
合掌