今日は誕生日です。

  子ども時代は誕生日は夏休みの最中だったので(八ヶ岳の高校時代だけは、夏休み明けが早かったので例外ですが)、だいたい両親からお祝いして貰い、ペンフレンドからカードが来るかという位で、すこぶるじみ〜に過ごしていましたが、今年はひときわ地味です!!

IMG_20200829_132123

  ケーキよりどら焼き!
  
  おとといの買い物の時に「金精軒さんのお土産用のどら焼きが、新型コロナ禍で売れないので、ならばうちが!」ってな感じのPOPに釣られて買って来ました。ホント、ひまわり市場のPOPは誘因効果抜群です。 こう書かれたら、人助けのためにも、買うっきゃないでしょ!(笑)

 金精軒の看板犬、ゼニちゃんが、つい先日の「モフモフもふもふ」にご出演遊ばしたのを見た直後だったのも大きいかも?(ミーハー(^^ゞ)
 さて、草むしりをするには蚊が多いし、ご近所さんがせっかくおくつろぎの時に、目の前をちらちら無粋な格好のオババがうろつくのもなにかなぁと思って、今日は二階の押し入れチェック、ついでに、父と祖母なき後、兄宅からやって来たまんま、ほぼ手つかずの段ボールを今更ながらチェックしました。

 う〜む、やってはいけない、ついしげしげとみること。

 両親は全然仲が良くない夫婦でしたが、揃いも揃って筆まめでした。出来るかどうかはともかく、今なら、ブログとかSNSを勧めたいところです。そしたら、片付けも楽だったかも・・・知れないですね〜。(^-^;

  父は中学時代からず〜っと大学ノートに日記をつけていて(途中戦災で失った分もあるかと)、母は母で、婦人之友社の家計簿やら主婦日記をつけ続け、家計簿は横浜市歴史博物館にお引き取りいただきました。

 そして、筆まめゆえに、手紙のやりとりも多かったようで(庶民は不要不急の時の通信手段はそれしかなかったのが大きいけれど)、親友からの手紙が束になっているのを見ました。

 そして、ようよう疑問が解けた!

_20200830_100707~2

  相変わらず、汚い画像処理で、失礼します。(^^ゞ

  祖母が「哲学の道はいい」とず〜っと言い続けて来たからの、私の京都中毒が大きいのですが、本人存命中に「吉田に住んでいた」とだけは聞いていたのですが、それ以上聞かなかったこと、私のまたいとこが何年も前に「まだおばちゃんがいた家が残っている」と言っていた時に詳細を聞かなかったことを悔やんでおりましたが、浄土寺真如町に住んでいたというのが、親友からのはがきの宛先で判明しました。

 で、グーグルマップで見ると、はがきに書かれた番地と言うのはヒットしません。近い番地をいくつか拾ってみて写真画面にしましたが・・・残念。辺りはすべて築浅の建物ばかり。またいとこが言った頃までは残っていたのかも知れませんが、どんな建物だったのか、敷地面積など、全く分かりません。

  哲学の道にも徒歩圏、金戒光明寺、真如堂などにほど近い、少し辺鄙で、南禅寺道の別荘群のような広々感は全くない建て込んだ地域だけど、風情はあったんだろうなぁとは想像が出来ました。


 たぶん、まだ住まいが建物が残っていた頃に、近所に行っていたんだなぁ。



 そして、もうひとつ、親友のはがきの束の上にはさんであったのがこれです。

_20200830_100634

  戦中を描いたドラマなどでは、女学生が腕章をつけて、勤労動員に行く場面がありますが、その実物です。

  田村硝子という会社は検索をかけても出て来ませんが、防弾ガラスみたいな軍事物資を作っていたのかも知れません。

 女学校はその後、高等学校となって、現存していますが、立地は用賀。母たちは当時桜新町在住で、都心爆撃で空が真っ赤になるのを見たそうですが、今は住宅が密集している世田谷も、当時は田園地域だったので、都内と言っても比較的安全だったようです。

  そして、ほかにも貴重な資料が出て来ました。

  溜め込むに任せて、生前整理を思い付く間もなく病没してしまった母と違い、祖母は結構生前整理をしていましたので、自分の日記等、かなり処分したようですが、わざわざ取ってあった数少ないものの一つに、少女時代の日記、整理する時に書いた「関東大震災」という最近の説明が表紙に書かれたノートです。

  画数の多い漢字を使っていたし、旧仮名遣いの時代の日記ですが、幸いなるかな、少女であること、加えて、地震の動転から間もない頃に書かれたこともあって、とにかく書いてしまえという勢いで書かれているので、ひらがなが多く、草書風くずし書きの部分も少なく、ほぼ読み取れました。

  気力があれば、防災の日に書き出したいと思いますが、揺れに揺れまくった中、やっと落ち着いたころに、朝鮮人が井戸に毒を入れるという流言飛語を聞いたことがはっきり書かれています。

  昨日のニュースで、リアリティ番組からまたも尊い命を絶ってしまった若い方の事が報道されていましたが、誹謗中傷が原因だったみたいです。

  祖母に教えてくれた人も悪気があったわけではなく、あくまでも注意してくださいねというレベルで、祖母も恐ろしがりつつ、だから何をしたという訳ではありませんが、かの国の人たちは恐ろしい、何をされるかわからない、だからやられる前にやらなくては、という空気が一般庶民の間にも醸成されてしまっているのが短い文章の中に伝わって来ました。

  根拠のないうわさに尾ひれがついて、駆け回って、今もなお被害者ご遺族をはじめとする方々に深く恨まれても仕方のないような事態になってしまったこと、昨今の誹謗中傷の広がりと共に、過去の事と流さず、真剣に考えないといけないと思います。

 さて、休憩をしたので、また続きをして、長年放置していたものを少しはまとめたいところです(って、断捨離になっていないじゃん。(-_-)/~~~ピシー!ピシー!)

_20200830_110947

  じみ〜な誕生日なので、派手めなのを貼っておきます(ちょびリッチ、ANAアプリなど、お祝いありがとう!)
  
  母が亡くなった年齢まであと2年になりました。

人気blogランキングへ