今朝は朝からしっかり降っています。

 下界はまた夏の暑さが戻るのではと思いますが、高原はもう暑さが戻らないで、このまま秋が深まっていくのかも知れないなと思わされるひんやりした日です。

 関東大震災から1週間後の祖母の日記、続きを書きます。

 今回はあってはならなかった事実の断片が描かれていて、なおさら重たい気持ちになります。

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  叔父さんはまだかへってこない 心配でたまらない 火事はどうなったのだらう
 
  其の中 叔父さんがかへってこられた

  そしてやうやく五時頃晩ごはんをたべた 

  すると近所の人が朝鮮人がつけ火やどくやくを水のなかにいれたりしますので注意していただきたい。といってきたのでもう皆びっくりしてしまった

   其の中 又 坂下があぶないと云ふのをきいたので もうごはんをたべる元気もなくなってしまった

   叔母さんはたくさんごはんをたべなければいざと云ふ時にいけませんよとおっしゃったが どうしてもたべられない

   いよいよあぶないと云ふ時には、私共の頭の上一面にまっ赤であった。

   おお其の時のものすごさ 思ひだしてもみぶるいをする

   それで私と女中は一番いい着物を風呂敷につつみ そしていい着物を着 二枚

   おばさんは、方一さんを 女中は和ちゃんをそれぞれおんぶして 女中と私は食にこまらぬやふ気のせく中をおむすびにした時 手がふるへて涙が出さうだった。

   やうやくしてしまって ざるに入れ逃げるのを今か今かとまって居た

   皆ぼうを持ったこわい人が澤山通った 

   近所の人も皆にげ支度をして居た

  私はねむくてねむくてたまらない とうとう私はねてしまった

  ふと目を開くと もう皆逃げられるやうにし どこかでは石油のにほいがしますよしますよと ひめいをあげる

   それは身の毛もよだつやうであった

   其の中も小さな地震がたへずある 又すこし安心だと云ふので 再び私はねむった

   そして目を開いた時は頭の上のほのほもさり 平和なやうな朝だった

   私はもう大丈夫だと思った そして皆 こわごわながらお庭にうつった

   これが三日の日である

   今日からやうやく家の中をおさうじして 家の中でごはんをたべひさしぶりにねころんでも見た

   晩は夜番に叔父さん 田島さんがいかれた 家の中はほんとうにまっくらで淋しくこわかった

   夜中になってもかなりきつい地しんが度々あった

  このやうにしてふあんな日々を送って今で一週間もすぎた

  九日になった もう米もなくなったのでげんまいをたべた

   新聞でおそろしいこともよんだがすべてがそうぞういがいである

  三郎兄さんや吉田さんが昨日いらっしゃった 何だかこころづよい感がする

 それにしても まだかなりきつい地しんが夜中にあるのはほんとうにこわい

  この先どうなって行くのやら!

                            九月九日


(了)

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 これで祖母の日記は終わっています。

 震災後の9月8日に書き始めたものの、1日では終わらず、9日に書き終えたのでしょう。

 流言飛語が、平凡で善良な市民の間にも伝わり、血の気にはやる人たち(日記の中で、棒を持ったこわい人が澤山通った旨書かれているのがそれだと思います)によって、取り返しのつかない惨劇が起きてしまいました。

 夜番という言葉が出て来ますが、地震からしばらく経っても、夜は物騒だったのでしょう。

 新聞で読んだ恐ろしい事とは何だったのでしょうか。

 関東大震災の混乱の時期、他国出身者や、他国出身と間違えられた人たち、そして思想的に排除したかった人たちなどが、虐殺されました。

 思春期のはじめくらいだった少女の祖母は詳しい事を聞かされなかったであろうし、日々を送るためにはそういうものを忘れて前を向くしかなかったという事もありましょう。

 ただ、この日記には書かれていませんが、生前の祖母から聞いた話があります。

 日記中に登場する叔父さんは、長屋を持っていたそうですが、震災直後、血まみれになって縛られて歩かされている男たちの中に、長屋の住民を見つけ「これはうちの店子です」と言って、縄目を解いてもらったそうです。

 ですが、そのほかの人たちは・・・おそらく生きて帰られることはなかったのだろうと思います。

 何十年も経って聞いても、重たく心に沈む話でした。


 関東大震災の時の悲劇について、無かったことにしたい人たち、そういう悲劇は自業自得みたいな語り方をする人たちがネット上で散見されますが、何の意図も持たなかった少女が書いた日記にはっきりと流言飛語やその後の不穏な動きが描かれています。

 戦争もそうですが、人を差別する心からの疑心暗鬼(無理やり引っ張ってきたり、過酷な労働をさせているという自覚があったからこそ「やり返される」という意識があったのだと思います)が招いた大惨事。そして、そういう惨事も被害者たちの自業自得のように思わされる「洗脳」は、今も昔も恐ろしいものだと思います。

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