市民図書で借りていた文庫版、ようやく読了しました。

  派手なストーリー展開があるわけではなく、淡々と風景が描かれていたり、親交のあった詩人の逸話が語られていたり、という万人受けする内容ではなく、読み始めたら止まらない!と言うタイプではないので、ちびちびと読み進みましたが、雨の季節の読書には合う本だと思います。

  目の前に風景がありありと浮かぶような表現力、ワンセンテンスが長いのに、明瞭に伝わる力は流石に文章のプロならでは。

  誰かさんのぐーたら長く、しばしば脱線、着地点がズレまくりとは大違い。f^_^;
 市民図書の新着本のコーナーで、何冊もあった中から、この本を手に取ったのは、堀辰雄が我が家の歴史には深く関わっているから、です。

  いえいえ、個人的に親交があったとか、遠縁の親戚で、なんてこと無いです。

  この話は以前にも書いたと思いますが、我が家と八ヶ岳と深い縁が出来たきっかけが堀辰雄さんが婚約者の矢野綾子さんと共に療養した、信州の富士見高原療養所、そこにまさに同じ時期に祖母が療養でいた、と言うところから始まります。

  祖母曰く、風立ちぬに描かれていたことは自分はその場で目撃した、とのこと。

  当時の結核は不治の病に近く、療養中に前途に絶望して自死された方の第一発見者はトイレで用を足そうとして敷地内の木に目をやった自分だったとか。

  矢野さんに寄り添う堀さん。当時の正木院長が文学に造詣が深く、堀さんを囲む一種のサロン的な小グループが出来ていて、そこの青年たちにとって祖母は気になる存在だったらしい……と、これは本人の大幅な脚色かもです(笑)。

  が、顔の造作は私の祖母なのでよろしくないけれど、若い時の写真を見ると憂い顔で細っそりと華奢に見えて、男ばかりが多い療養所では、まだ二十代の祖母は気を引かれる存在だったのかも知れません。

  とにかく、その時に八ヶ岳山麓の高原の美しさにハートを鷲掴みにされたらしい祖母、その後、京都に住むやら奈良に住むやら、上京したり、と長〜い紆余曲折を経て、未亡人となってから、ご縁があり、信州にも程近い八ヶ岳南麓に居をかまえることになったのです。

  よーく考えれば、遠大な構想?! なかなかの実行力? 強引さ?

  よんどころない事情で高校生の私は両親としばらく離れてそこで暮らし、いまに至るドツボにはまった次第で、八ヶ岳と言えば、祖母にはもちろん、私にとってもそもそも堀辰雄さんなのです。

  この随筆は、巻末の昭和30年、著者の逝去後2年のちの解説によれば、矢野綾子さんを失い、失意のうちに軽井沢近くの追分ですごしていた時期を描いた部分もあるそうですが、後半では、夫婦での浄瑠璃寺訪問や信州を鉄道で移動中の車窓から見える辛夷の花、と言った穏やかな風景も描かれています。

  味わい深く、風景が目に浮かぶ美しい文章とは、と教えられる気がしました。


  いやいや、今さら美文家、名文家は目指し(せ)ませんけれど。

  堀辰雄さんや祖母が療養していた、そして、先年の宮崎アニメの『風立ちぬ』でも登場するした高原療養所の建物の写真、このブログにも残っていました。


  残念ながら、だいぶ前に取り壊されてしまいましたが、かつて見学をさせていただきました。

  まだ個人情報云々とうるさいことを言わない時代で、何よりも療養していた本人と一緒だったので、取り壊しを免れていた棟に保存されていた分厚い革表紙の入所者リストを拝見出来ました。

  実家の姓は竹が付くので、見開きの中に、祖母の入所以前に亡くなられていた竹久夢二の名前があったのが印象的でした。

  あの時は元気だった祖母ももういないし、高原病院はサナトリウムの面影はなくなり、地域の中核病院として、ありがたい存在、八ヶ岳の友人や実家の家族もお世話になってます。

   ほれ、やっぱり駄文家は書き始めから着地点がズレまくりだわい。f^_^;