家人A、この夏はおもた〜い腰を上げて実家の片づけをせざるを得なくなりました。

 片づけの最中はおそらく下のイラストにあるようなゴミ袋が家の中にたっぷりとなったのではないか・・・と想像致します。

 私? 全く手伝いませんでした。

 
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 何となれば、手伝ってという要請がなかったからでして、はっきりとしたお願いがないのに、親切心を出して一生懸命取り組んだ事に対して、感謝されるどころか、罵詈雑言で心が折れた経験があって、懲り懲りしたので、こちらから一切申し出はしませんでした。

 再三こぼしておりますが、家人Aの物に対する執着はド外れており、捨てたら?とか処分したら?という言葉が大嫌いなので、もし手伝ったとしたらバトル必至ですし。まぁ、それを言われて嬉しい人はあんまりいませんが・・・。

  昨日は不用品引取業者が来てくれたらしいのですが、正午を挟んでの数時間に30分に一回の割で電話が掛かって来ました。

  報告なんだか、相談なんだか、暑いとこぼしたくてなんだか、何が何だかな内容でしたが、暑さの中、大量の物の片づけがすごく大変なのは伝わって来ました。

 義実家は義父母が健在の時、既に物が堆積していました。

 戦中派でモノがない苦労をさんざんした後、高度経済成長期であれも買いたい、これも買いたいと買い込んだけど、古いものはいつか必要になるかもだから捨てられない、で捨てなかった世代です。鍋釜まで国に召し上げられた経験をしていたら、それも責められないとは思うんですが・・・。

 家人Aはそんな親を見て育った上、結婚するまで引っ越し経験が皆無(家付き息子だよ〜。よく言う男性は一度は家を出ないとだめなのねと言う典型💦)なため、物を減らす経験値が絶対的に不足していたのです。庭に物置を建てるスペースがあった事も裏目に出ました。

 義父存命中は、食卓の隅には飲み終わったヤクルトの空き瓶の洗ったものがいくつか置いてあったり、階段下は段ボールが積み重なっていたのを、義父が亡くなった後、義母がきれいさっぱり処分したのですが・・・(義父と家人Aの共通点は家族に我慢を強いても、物を温存する事💢)残念ながら、義母に残された時間は短か過ぎました。

 義母亡きあと、最愛の人を喪った喪失感もあってか、家人Aは片づけには着手せず、空き家が荒れないように風を通したり、庭木から落ちる枯れ葉を掃くなどするだけで精一杯だったようです。

 古稀越えの家人Aが生まれる以前からの物の蓄積を、夏のさ中に片付けるというのは相当な重労働だったと思われますが・・・

  不用品が出る都度、こまめに片づけておけば、ここまで溜まる事はなかったのではないでしょうか(さすがにご近所迷惑なごみ屋敷レベルではありませんが、そこが自分の家だったら我慢ならないレベルではありました)。

  以前、ぶつくさ書きましたが、結婚後、家人B、Cが思春期になるくらいまで、我が家のご近所比ではあり得ない頻度で義実家に行かなくてはなりませんでした。そして、その都度、義父の演説を最低でも1時間以上は拝聴、続いて義母のお相手もしなくてはいけませんでしたが、その時家人Aは「僕は片付けがありますから」とさっさと自分の部屋に消えてしまっていたのです。

  その時、本当に片づけていたら、今になってここまで大変なことになっていなかったはずです。

  ローマは一日にして成らずとか、老婆は一日にして成らず(評論家の樋口恵子さんの造語)などなどありますが、ごみ屋敷も一日にして成らずなのです。

  溜め込んでからど〜んとするのはお金を使う時だけで良いです。

  不用品は溜め込まず、こまめに処分が吉!

  猛暑の中、大変な思いをした事で、遅まきながら、家人Aが骨身にしみてくれることを切に願っております。🙏

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