もしかすると核家族が高度経済と少子化をもたらしたかも・・なんて事をついつい思ってしまったのは、ゴトゴトと片づけをしているが、いっかな物の減る気配がない家人Aの居室をチラ見したからです。

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  おびただしい量の段ボールの間にはさまるようにして、こんな感じの家具が入り込んでいる「すんげぇ」と形容したくなるようなカオス状態。(;´Д`A ```
  この手の家具は家人Aコーナーのみならず、二階の自称「お客様用スペース」まであふれております。

  ほとんどは義父母が買った家具と思われます。

  義母の話によると、戦時中は義妹のために自分の嫁入り道具であった桐のたんす2竿のうち、1竿を姑の命令で取り上げられたというくらい、物資不足だったので、恐らくはリベンジとばかりに高度経済成長期に購入し、家族と共に年老いていったものだと思われます。

 余談ながら、義母からはその話を一度ならず聞かされたので、よほど辛くて切ない経験だったと思われます。そりゃそうですよね、戦時中とはいえ、自分の親が持たせてくれた嫁入りダンスを、姑さんから取り上げられて、あたかも自分たちで用意したが如くに義妹の嫁入り道具にされてしまったんですから。

 義父母のみならず、同じような物資不足でしんどい思いをした日本人は戦後は物が多いのは善、買え買えでドンドン買ったのですが、旧来のような一軒の家に大勢が済む状態から、核家族として結婚後は別居するのが一般的になると、新居でも家具や生活用品を用意せねばとなりまして、物がさらに売れたんだと思います。

 嫁取り婚スタイルでの大家族だと何かとつらい思いをせざるを得なかった女性も圧倒的に核家族を支持したと思われます。

 新しい世帯が出来れば、そこに家具什器、生活用品が新たに買われる・・・が、そのために主たる生計を担う夫の仕事が忙しくなり(景気が良いので、退社後のお付き合いも相当盛んだったのも否めませんし)、妻が一手に家事、育児、介護等を引き受けざるを得ない状態になりまして・・・

 さらにお金がないとか、うちの分に応じていないんだから学問は要らないなどの理由で上の学校へ行くのを断念させられた世代が、我が子はそんな目に遭わせたくないで進学のためにお金を稼がねばになりまして・・・

 我が子に高学歴をと思えば、何かと物入りだし、家族の生活を支える事も多かった子どもは、すっかり殿様状態で「やってもらう」人となったし、医療の発達により乳幼児死亡率が下がったこともあり子どもは二人がスタンダード、3人以上は奇特という感じになって行きました。

 主婦も家事育児専一ではやってられないとパートタイマーとして働かねばとなりますが、夫の意識は「俺の方が稼いでいるんだから、家の事はお前がやれ」が主流でありました。

 んな事やってるうちに、子育ては辛い、お金も時間もなくなってしまう・・・ってな風になったのではないでしょうか。

 ・・・と、今日も家の中でごそごそやってくたびれた頭でぼ〜っと思いました。

 私も大家族同居はとても無理だと思っていますし、理不尽に学ぶ機会を奪われるのも反対ではありますが、こと、持ち物に関しては、大家族同居かつ「分に応じる」暮らしだったら and/or 戦争による物資不足のトラウマが無ければ、こんだけモノ余り、モノ溢れにはならなかったんだろうなぁと思います。

 義父母が遺し、家人Aがド執着している古い家具たち(手入れもされていないので、他人が見たら薄汚いガラクタ以外の何物でもない)、どないすらい?

  バストイレ以外、住まいは全部自分の部屋と化してしまう実績を積んできたガラクタモンスターに戦々恐々です(あまりひどかったら家出💦)。

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