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 朝、雨戸を開けたら、昨日は目に入らなかったものが目につきました。

 おはよう、キノコ!

 キノコの知識があればなぁと思いながら外に出て写真を撮りました。

 夏のお好み焼きパーティの時、マダムがこのあたりキノコ街道って呼ぶんですってとおっしゃっていましたが、キノコ採り達人クラスでも年に一度はお亡くなりになるくらい当たるとえらいこっちゃなので、うまそうだなぁと思いつつも我慢。

  近寄ったら思ったより表面がブツブツしてて不気味そうだ、これは毒かも知れんとイソップの酸っぱいブドウ状態で離れました。

  昨日まで雨がちで寒かったですが、今日は陽が差してあたたかくなったので久しぶりの草むしり。

  前回の草刈りをした時から思ったほどはボウボウになっていないのは秋の収縮期だからでしょうか。吾亦紅も枯れていましたが、チヂミザサも枯れ始め勢いがなくなっていますし、イネ科の雑草もこじんまり。

  とはいえカタバミがいっぱい可愛らしいハート型の葉を広げて増えていました。

  根を掘りブチっと抜きながら、何でスミレは偏愛するのにカタバミには冷淡なんだと思いました。細部は違えど共にハート型の葉っぱなのになぁ。

  草むしりしながらよく思うのは、人はかなり生理的直感で好悪の判断をすると言う事です。

  それが植っていると困った虫が来るとか、すごい臭いがするとかトゲが危ないなどなどの人間側には明らかにありがたくない理由がある場合は別として、あとは感覚。

  例えばチヂミザサは初めて見た時は高原の特別な草だと思っで新鮮かつ好意的に見ていたのが、なあんだその辺中に生えてるんだ、と分かったのと地下茎で際限なく広がる、そして何よりも美しい花を咲かせるわけじゃないと言う理由で邪険になってしまったのです。

  偏愛しているスミレは地下茎を張り巡らさず広がり方が島状の飛び飛びだから始末がいいのが好きな理由だし、やはり紫の可憐な花が好きだからです。実はスミレもチヂミザサ同様に自宅の庭に生えてるし、全然珍しくないのに、どうよ、この不公平さ。

  人間同士でも、直接利害がないのに何となく生理的に合う合わないが出て来てしまいますが、常識と理性のある現代人としてはそんな根拠の薄い事で相手を疎んじたり差別したりは許されない事であります。

  人として正しいとは思うけれど、生き物としてはどこかで無理をしている部分があるかも知れませんね。

  植物相手だと見かけが好かないとか、花がないなどの理由でブチブチしても非人道的と思われる懸念がない、だからある種のストレス解消になるのかも。

  などなどブツブツ考えながら手を動かしていると、思いの外時間が過ぎるのが早いです。

  寝しなについスマホを見てしまって気付いたらほんの5分のはずが1時間半も見てた、と似てますが、ずっと爽快感があります。

  面白い本を読み出したらなかなか止まらないに近いかも知れません、あくまでも私の場合ですが。

  だから趣味の草むしりだよね、私の場合は。

  公園とか◯◯庭園の類で雑草を見るとつい抜きたくなる衝動に駆られるのを抑えています。

  さりとてよーいドンで日時を決められてのボランティア活動に参加するズク(当地の言葉で能力と言いますか気概と言いますか、標準語でドンピシャな言葉は何でしょ?)がないのです。

  だからますます趣味の草むしりです。

  家人A、午後から電動ノコギリで作業するような事言ってましたが、雨が降り出しました。残念!
 
  昼前に草むしり、正解でした。

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