と言う趣旨のコラムがYahooに載っていました。

  Yahooからだとすぐにリンク切れしそうなので元を辿ります。


  読んでいるうちに祖母の話を思い出しました。

  明治末期生まれ、プチ地方名士の娘として生まれた祖母は、東京に嫁いだ実母の姉(=伯母)の援助のために兄と共に上京し、そこから女学校→女子大と進学しました。

  当時の女性としては恵まれた方だったと思います。本人は経済的にも娘時代までが人生のピークだったと申しておりまして、私の知る祖母はどちらかと言うと手元不如意に悩むことの多い庶民でした。

  その恵まれた学校生活では、もっと恵まれたお嬢様方が同級生だったとのこと。

  例えば松平容保公のお孫さん。当然華族様ですよね。

  細川家のお嬢様もいました。郵政の父、前島密男爵の孫もいたと。

  華族ではないけれど、大金持ちでは専売公社に取って変わられる前の天狗タバコの通称岩谷天狗の正妻さんの娘さん(岩谷天狗はすごい艶福家で、徳川家斉みたいにあちこちに子どもがいたそうです)。

  宮崎白蓮と駆け落ちした宮崎龍介の姪、すなわち宮崎滔天の孫娘も同級生でかなり仲良しだったようです。

  松平さんは本当におきれいだった。秩父宮勢津子妃といとこでいらしたけど、松平さんが皇室にお嫁にいかれた方が良かったのに、などと不敬な事を言ってました。

  横浜の三溪園で有名な原家に嫁がれ、シニアになってからもクラス会には運転手付きの黒塗りでいらしたそうです。

  細川さんについて記憶が合っているかわかりませんが、駆け落ち同然の庶民との結婚だったとか。

  実は私が渋谷の小学生だった頃、月に一度くらいでしょうか、祖母が来て人形教室を開いていた時に何度かお越しでした。

  祖母の年齢のお嬢様育ちらしからぬ愛煙家な上、子どもに媚びる事は一切なくて、他のお弟子さんたちと比べすごい無愛想なので苦手なおばちゃんでした。

  何だかんだ言いつつも保守的で、女性は男性に気に入られてナンボ、女の喫煙はすれっからしの証と信じてやまない母もなんとなく煙たがっているようでした。

  当時としてはぶっ飛んで見えましたが、今になって思えば、家制度や家父長制のしばり、女はかくあるべしを蹴散らかすところこそ、お嬢様育ちの強さだったのではと思います。

  宮崎さんは共産党員であったため戦時中は投獄されご苦労されたようです。

  私は多分お会いしたことがないですが、山形県から梅干しを何度か送ってくださり、都度祖母が『この梅干しはAさんが送ってくださった。Aさんは結婚前は宮崎さんと言って、あの宮崎白蓮と結婚した人が叔父さんだった。宮崎さんの家に遊びに行ったら髪振り乱し赤ん坊を背中にくくりつけた女性がいて、あれが天下の美人とはとても思えなかった』と言う話を聞かせてくれるのでした。

  ただ今大河ドラマの主役の吉高さんが主役の朝ドラの『花子とアン』では仲間由紀恵さんが白蓮がモデルの蓮子さんを演じておられましたが、見るたびに祖母の話を思い出してしまうヤツでした。

  岩谷さんや前島さんの話も聞きましたが、太宰治の『斜陽』のように戦前の持てる者たちがいろいろな物を失った戦後、祖母よりご苦労されたのではないかと言う内容でした。

  戦中に苦労したものの母まではまだお嬢様育ちに近いものがありまして、同級生に安倍能成の姪御さんがいたり、同じ学校に東條英機首相のお嬢さんもいらしたそうです。

   京都時代には裏千家に通い先代宗匠がブイブイ言わせてる若者だった姿を見ているようですが、その元宗匠が昨晩見たEテレの番宣に登場され、まだお元気なのかと驚きました。

  ついでに言うと、父もかなりボンボン育ちだったようで、子どもの頃はきょうだい一人ずつにねえやさんがついていたそうですが、こちらはボンボンゆえの才覚不足と戦災で全て失いました。  

  で………

        兄も私もボンボンやお嬢様とは程遠い人生を歩んで来ましたが、それはそれで良かったのではないかと思うのです。

  本音を言えば、母には娘をお嬢様に見せようなどと思わず、もっと好きにさせて欲しかったですわ。サツマイモは何をしてもサツマイモでメロンにはなりませぬ。

  って、私はメロンも好きですが、死ぬ前に食べたい!と常々思っているのはサツマイモです。

  まぁ最近飲み物抜きでふかし芋を食べるとしばしば胸につかえるので、喉通りの良さからメロン!と叫ぶかも知れませんが。f^_^;

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