「虎に翼」を毎朝楽しみに見ています。

  先週から辛い展開ですね。妻の花江さんと相思相愛で、陽気で場を明るくしてくれていたお兄さんの戦死。そして、今朝・・・な、なんと家族みんなで待っていたヒロインの夫、優三さんの悲報も・・

  病がちになったお父さん、寅子のために知らせを隠し持っていたのも泣けました。

  戦病死という言葉で、父の直ぐ上の兄、私の伯父の事を思い出しました。

  この伯父やその家族とは会った事はありません。未婚で戦病死したからです。

  しかも、軍医をしていてでした。

  麻酔無しで親知らずの抜歯をし、洗面器いっぱいに血が溜まって失神しかかったと父が語っていたくらいなので、衛生環境も相当悪く、だからこそ医者でも罹患して、十分な手当ても出来なかったのだと思います。

  優三さんも十分な手当てをしてもらえたら生きて帰れたかも知れません。

  伯父の死因はマラリアだったと言うので多分、熱帯地域に派遣されていたのでしょう。

  それでも知らせの紙切れ一枚ではなく、遺骨が戻って来ただけマシだったと言えますが、父は祖母と共に北京に遺骨を引き取りに行ったと語っていたことがあります。
  その途中で見かけた中国人に対する日本兵の横暴さに心を痛めたが何もできなかったとも語っていました。伯父の話は何度か聞いていましたが、横暴な日本兵の話は父と永訣する前の最後の会話で初めて聞きました。

  父方の祖母は母方の祖母(→八ヶ岳に私を引っ張り込み102歳の天寿を全うした人)と違って、おとなしく自己主張の感じられない昔気質の人というイメージでしたが、最初にして最後の海外旅行が息子の遺骨をもらい受けに行く時だったと父から聞いた記憶もあります。

  私が生まれたのが戦争が終わってちょうど干支が一回りした年、まだ戦争の記憶がなまなましかったころなので、時折父から聞かされた伯父のこと、年を重ねるごとに聞くことがなくなったのですが、忘れがたいエピソードがあります。

  父方の墓は多磨霊園にありますが、その墓に毎年花を供えてくれる女性がいたそうです。

  おそらく伯父と相思相愛ながら結ばれることがなかった人ではないかと・・・・

  父が存命なら100歳を越えていますので、さらに年上の伯父の思い人ももう現世の人ではないのではと思いますが、長い歳月を亡き人の事を思い続けたのだろうと思います。

  ドラマの寅子さんも寅子さんの義姉である親友の花江さんも、もしもこの先再婚することがあっても、きっと亡き人の事を忘れずに生涯を送ることと思います。

  自然災害はあきらめざるを得ないことが多いですが(不備等で人災と言われることもあるにせよ)、戦争は人が始めるもの。戦争さえしなければ、多くの人はつらい思い、悲しい思いをしないで済んだのに・・・

  ですが、今もなお戦争は止まりません。
 
  戦争がなくなる日がいつの日か来ますように。

  そのために、実際に経験した方がいなくなったとしても、いや、いなくなったとしたらなおさら戦争の事を語り継ぐことは大事だと思います。

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