夕暮れ時に外出から戻るとポストの中にはがきが1枚。

  ●●に年賀のご挨拶をいただきました皆さまへ

  の文字で始まる文章は、小学校の担任の先生のご子息からでした。

  お父上に当たる恩師が昨年末、突然の心臓発作で人生を終えられたということが穏やかな心温まる文章でつづられていました。

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 先生は、渋谷の小学校の2年生と3年生の担任でした。

 享年89歳との事ですから、1935年生まれ。1964年の東京オリンピックの時は20代ぎりぎり最後で、担任を受け持ってくださったときがいわゆるアラサー。既に家庭をお持ちだったと記憶しています。

 今なら体罰と言われるようなゲンコツをお見舞いしてくれる先生ではありましたが、優等生だからとかクラスの人気者だからとかの依怙贔屓で免れるわけじゃなくて、いけないことをすれば誰でもゲンコツでした。

  保護者たちも当時は「先生、悪い事したら一発お見舞いしてください」と言う位の時代で、ダメな事はダメとガツンとやってもらったのは、その時は痛かったけれど、長い目ではプラスでした。

  作文に力を入れていた先生で、渋谷の小学校から横浜の小学校に転校した時に(文章の中身はともかく)句読点やかぎかっこの使い方がちゃんとしていると当時の担任の先生に褒められたことがあります(この担任もいい先生でしたが、コロナ禍前に逝去されました)。

  ブログを続けて来られているのも先生に作文をしっかり教えていただけたのは大きいと思います。

  依怙贔屓なく、しかも筆まめな先生だったので、卒業しても生徒たちの多くが連絡を取り合って、私など途中で抜けたのに長らく年賀状のやり取りをさせていただきました。

  今は先生方が忙しすぎて、自宅へ子どもたちを呼ぶような余裕はとてもないようですが、学生時代だったと思いますが、先生のご自宅にかつての同級生たちとお邪魔させていただいたこともありました。

  昨年、突然、かつての学級委員長をしていた元同級生女子からのハガキが届いて驚きましたが、それは先生が私からの転居通知を兼ねた年賀状を見て、彼女の住まいと我が家が至近距離と言っていいくらい近いからと、間を取り持ってくださったからでした。

  彼女から連絡が来たとお礼と報告のハガキを出すと「個人情報がうるさい時代に余計なことをしたのではないかと心配したけれど、喜んでもらえて良かった」とお返事もいただきました。

  おかげさまで昨年のスポーツの日に彼女のすてきなおうちでものすごく久しぶりにもうひとり、かつての同級生と会う事も出来ました。

  元学級委員長の彼女によると以前は自宅にお呼びしたけれど、今は出歩くのがしんどくなられているとの事でしたので、東京に戻って来た(と同級生や恩師の立場だとそうなります)のだから、そのうちお訪ねしてお目にかかる機会もあるのではと思っていましたが、残念ながらお会い出来ないままになってしまいました。

  ごあいさつ状の末尾は「時おり父の事を思い出していただければ幸いに存じます」で結ばれていましたが、ずっと忘れません。

  これでお世話になって、その後、年賀状をやり取りしたりしていた先生方は全てあちらに行ってしまわれました。寂しいですが、ご冥福をお祈りいたします。

  先生がつないでくださった同級生との再びのご縁を大事にししたいと思います。

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