おとといの夕方、庭の柚子を近隣在住の家人Aの従妹に手渡しました。

  今週に限ってめちゃくちゃ忙しいという彼女を、来週になるとくちゃくちゃになりそうだからとお願いして、二人の中間地点よりはやや我が家よりの公園で待ち合わせしました。

  昨年秋以来久しぶりなので、公園のベンチで少々おしゃべり。

  だいぶ日が長くなりましたし、おとといの夕方はそこまで寒くなかったので時間がないなりに話が弾みました。

  彼女は私より年上なのですが、私の最近のドジ話を聞いて、安心したとの事。
  日々集中を切らすと、やらかしてしまうことが増えていますが、最新やらかしは

  昼にグラノーラを食べよう、同時に、夕食に食べる米を浸水しておこうと思って、皿と鍋を並べてグラノーラを入れたのは・・・

  皿じゃなくて鍋の方でした。(^^ゞ

  直ぐ気が付いたからいいようなものの、気付かなかったら夕飯は黒焦げグラノーラになるところでした。

  その前には冷凍庫から出して使った後に戻したはずの食材がないないと翌日探したら、冷蔵庫の方に鎮座していました。

  そのうちに下駄箱に冷蔵品を入れたり、冷蔵庫に靴を入れたり・・・・って事はあって欲しくない。🥺

  もろもろ話して、暮れなずむ中、お別れしてお互いに反対方向に向かって歩いたのです。

  で、翌日の昨日にまたやらかしました。

  すでに書き直しましたが、昨日のブログネタの「北風対応:確定申告デジタル化」で令和7年から確定申告書類を受け取っても押印しないというのにブツクサ文句を書いたのですが、当初、令和7年を来年だと思い込んでいたヤツです。

  何の疑問も抱かず「来年からの話だから今年はまだ大丈夫だよね」と書いたのをアップロードしてしまいましたので、訂正前に御覧になられた方は、何じゃこいつはと思われたことでしょう。(;´Д`A ```

  え、今年って令和6年じゃなかったんだっけ?と気付いたのがアップロード後かなり経ってから。まぁ、日をまたがなかっただけ良しといたしましょう。

  昭和の時代は自分が生まれた時代でもあり、元号は問題なくついて行けました。ところが平成の半ばから甚だ怪しくなりました。

  阪神淡路大震災の年、1995年は平成7年。この年はオウム真理教による地下鉄サリン事件、その後のオウム真理教の上九一色村の大捕り物もあり、さらに母が亡くなった年、ウサギ山小屋が建ちあがった年など、公私に渡り大きな出来事があったので、しっかり刻印されていますが、そのあとから覚えられなくなってしまったのです。

  例えばあれほど大きな災害だったのに、東日本大震災の年2011年が元号だといつの事だったのかパッと思い浮かばないのです。

  平成何年が令和元年? もうこれも抜け落ちていて、調べないと分りません。

  何かあればスマホで即検索できることもあるというのも記憶しようと言う努力が薄れてしまった原因でしょうけれど、加齢が大きいんでしょうねぇ。

 めっきり記憶力が衰えた身としては、家の中の機器の扱いや日々の暮らしのルールを覚えておく方が重要でして、元号は優先順位が低いのです。

  たまに役所などで書類をかき込む時に、元号表記をせねばな時に「元号じゃなくて西暦してよ〜」と思ってしまう私、伝統を大事にする方から見れば非国民と思われかねませんよね。

  だって、手もとにあるANAの卓上カレンダーにも元号ってないよ(ついでに言うと、この都会的なすっきりした雰囲気をまとってるカレンダーには大安、仏滅などの六曜ももちろんございません)。

  大河ドラマなど見ていると、元号があるからその時代の雰囲気が伝わるというのは感じるし、明治、大正、昭和と元号で区切るからこそ歴史的なできごと、当時の潮流というのが分かりやすいのですが、肝心な今を生きる部分の元号があやふや・・・

  ぼ〜っとしていて炊飯用の鍋にグラノーラを入れちゃった、自分のblogで年を間違えるくらいならかわいいもんですが、これが公的な事柄だったら大変ですよね。

  従妹はウサギ山小屋でもご近所さんですが、互いによく知る八ヶ岳界わいの話をしていて、二人して交差点の名前が出て来ませんでした。

 「ほら、あそこの角にローソンがある交差点」と共通認識を確認しあいながら、名前が出て来ないのでした。

  ※ここでは記憶力と集中力の衰えをひっくるめてボケと呼んでいます。

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