今月も兄が上京。
今日ランチできるかと連絡がありましたので、ほいほいと喜んで返信しました。
移動中の兄から「某地銀に寄りたい」との連絡がありまして、急遽、最寄り駅で待ち合わせて下北沢まで行きました。
神奈川県民ならおそらく皆さまよ〜くご存知の御用達銀行でございます。
私と同じく横須賀生まれの兄。最初の就職先が神奈川県内だったので給与振り込みのために作った口座があるが、キャッシュカードが使えなくなってしまった、お店で問い合わせたいとの事でした。
今日ランチできるかと連絡がありましたので、ほいほいと喜んで返信しました。
移動中の兄から「某地銀に寄りたい」との連絡がありまして、急遽、最寄り駅で待ち合わせて下北沢まで行きました。
神奈川県民ならおそらく皆さまよ〜くご存知の御用達銀行でございます。
私と同じく横須賀生まれの兄。最初の就職先が神奈川県内だったので給与振り込みのために作った口座があるが、キャッシュカードが使えなくなってしまった、お店で問い合わせたいとの事でした。
この御用達銀行では、かつて父に対してたいそう失礼な対応があって母が激怒したことがあります(手っ取り早く言えば、貧乏爺さん然とした父が窓口の女性行員からもうろくジジィ扱いされたのです)ので、長年に渡りすごく低評価をしていました。
父亡きあと、その口座を相続した後、ずっとほったらかし口座でしたが、おととしの転居後、住所変更をしなくてはになって、店舗を探したところ、下北沢にあると分り、どんな失礼な対応をされても仕方ないと覚悟して行ったら、思いのほか親切で、評価爆上がりしました(ドけちを標榜している私が何かあげると大いにプラス評価になるのと同じです)。
その同じ店に兄を案内しましたが、内心、心配でした。
だって、兄の格好、もうろくジジイ扱いされた時の父に劣るとも勝らん貧乏爺さんなんですもの。
高校生くらいから旅行好きだった兄ですが、子育てを終えて老境に入りつつある頃から、猛然と旅行しまくりになりました。
英語なんて出来ないぞ状態だった兄がタブレットひとつで世界旅行に行ける、便利な世の中になりました。
最近、ガラガラでっかいキャリーをひとりで2個も3個も持って来てひんしゅく買ってるインバウンドと違って、月をまたがる長期の旅でもバックパッカーで出かける兄。
年季が入ったジャケットに年季が入っただっさいリュック。履いてるのはヨレヨレジーンズ。
今や日本人は海外旅行先でろくに買い物も出来ないので、引く手あまたじゃないし、もう詐欺や強盗、かっぱらいの対象ではなくなっているかも知れませんが、かつて海外旅行に行く日本人は小ぎれいな格好をしているから標的になりやすいというのがありました。
今も昔も兄の格好では全く標的になりえませんので、貧乏旅行には最も適した格好ではあるのですが・・・ここは東京だ、しかもオサレ系が集まるという下北沢だぞ。
今の兄よりまともな格好をして行った父がひどい扱いをされた過去がよみがえり、もしかして冷淡な仕打ちをされても仕方ないかもと思いました。
ですが、時代は変わった。
兄が山梨県から来ましたと言ったことや、就職時に作った初期のカードを大事にしていることが心の琴線に触れたのか、敬老精神を発揮してくれる優しい担当者ばかりだったのか・・・
少し時間はかかりましたが、丁寧な対応をしていただき、ピカピカの最新式キャッシュカードに取り替えてもらうことが出来ました。ありがや〜!
銀行の体質がだいぶ変わったのだろうとは思いますが・・・個人的には、行員さんが蘇民将来を思い浮かべたのかも知れないと思わないでもないです。😉
※蘇民将来・・・出雲市の須佐神社様のサイトからお借りしました。
ぼろっちい格好をして来た神様を門前払いした後にろくでもない目に遭うという話は世界中にあるそうですが、私がどこかで目にした蘇民将来のエピソードも神様がぼろっちいいでたちだったので弟は門前払いしたが・・・という話でした。
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父亡きあと、その口座を相続した後、ずっとほったらかし口座でしたが、おととしの転居後、住所変更をしなくてはになって、店舗を探したところ、下北沢にあると分り、どんな失礼な対応をされても仕方ないと覚悟して行ったら、思いのほか親切で、評価爆上がりしました(ドけちを標榜している私が何かあげると大いにプラス評価になるのと同じです)。
その同じ店に兄を案内しましたが、内心、心配でした。
だって、兄の格好、もうろくジジイ扱いされた時の父に劣るとも勝らん貧乏爺さんなんですもの。
高校生くらいから旅行好きだった兄ですが、子育てを終えて老境に入りつつある頃から、猛然と旅行しまくりになりました。
英語なんて出来ないぞ状態だった兄がタブレットひとつで世界旅行に行ける、便利な世の中になりました。
最近、ガラガラでっかいキャリーをひとりで2個も3個も持って来てひんしゅく買ってるインバウンドと違って、月をまたがる長期の旅でもバックパッカーで出かける兄。
年季が入ったジャケットに年季が入っただっさいリュック。履いてるのはヨレヨレジーンズ。
今や日本人は海外旅行先でろくに買い物も出来ないので、引く手あまたじゃないし、もう詐欺や強盗、かっぱらいの対象ではなくなっているかも知れませんが、かつて海外旅行に行く日本人は小ぎれいな格好をしているから標的になりやすいというのがありました。
今も昔も兄の格好では全く標的になりえませんので、貧乏旅行には最も適した格好ではあるのですが・・・ここは東京だ、しかもオサレ系が集まるという下北沢だぞ。
今の兄よりまともな格好をして行った父がひどい扱いをされた過去がよみがえり、もしかして冷淡な仕打ちをされても仕方ないかもと思いました。
ですが、時代は変わった。
兄が山梨県から来ましたと言ったことや、就職時に作った初期のカードを大事にしていることが心の琴線に触れたのか、敬老精神を発揮してくれる優しい担当者ばかりだったのか・・・
少し時間はかかりましたが、丁寧な対応をしていただき、ピカピカの最新式キャッシュカードに取り替えてもらうことが出来ました。ありがや〜!
銀行の体質がだいぶ変わったのだろうとは思いますが・・・個人的には、行員さんが蘇民将来を思い浮かべたのかも知れないと思わないでもないです。😉
※蘇民将来・・・出雲市の須佐神社様のサイトからお借りしました。
昔、北の海におられた武塔神 (むとうのかみ) と称される神が、南の海の神の娘のところへ行かれる途中で日が暮れてしまった。そこに蘇民将来と巨旦将来 (こたんしょうらい) はという二人の兄弟がいた。兄の蘇民将来は大変な貧乏だったが、弟の巨旦将来は大変金持ちで、家も蔵も百ほどもあるような富豪だった。神は一夜の宿を弟の巨旦将来に頼まれたが、けちな弟は泊めることを断ったので、兄の蘇民将来のところへ行って一夜の宿を頼まれると、そこでは快く迎えた。しかし貧乏なので、敷物の代わりに栗殻を敷き詰めて座にし、栗飯を炊いてさしあげ手厚くもてなした。それは蘇民にとって精一杯のもてなしだった。
一夜明けて神はそこを出発され、幾年か経った後、八人の子を連れての帰り道、蘇民将来のところへ立ち寄られた。そして「巨旦将来への報いと、一夜の恩を受けたお前のために何かしてやりたいが、お前の子や孫達はおるのか」と聞かれると、蘇民将来は「私と娘と妻がいます」と答えた。すると神は「茅の茎で作った茅の輪 (ちのわ) を腰につけておきなさい」と言われたので、言われるとおりにした。ところがその夜のうちに、蘇民と妻子以外の、周りに住む人々がことごとく死に絶えほろぼされてしまった。
ぼろっちい格好をして来た神様を門前払いした後にろくでもない目に遭うという話は世界中にあるそうですが、私がどこかで目にした蘇民将来のエピソードも神様がぼろっちいいでたちだったので弟は門前払いしたが・・・という話でした。
今は銀行の口座は、店舗のある(ネット銀行ではない)銀行では、自宅最寄りの店舗でしか作れなくなりました(特段の事情がある場合はその限りではないようです)が、学生時代、初めて作ったのが「当時通ってた大学最寄り駅(都内)にある支店」の口座でした(苦笑)
後に、同じ駅にある某都市銀行でも口座を作りましたが.....
思い出の銀行口座なので、今でも持ち続けています。
都市銀行の口座は、結婚後、パート先を雇止めになり、税金の還付手続きで役所に行ったら、口座の支店名を見た(手続きのお手伝いの)職員さんが「〇大ですか?? 自分もそこの出身です」と話しかけてきて、盛り上がった思い出があります