昨日は東京大空襲の慰霊の日でしたが、続けて今日は忘れもしない東日本大震災の慰霊の日です。
 
  あらためてお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたします。
  
  未だに避難生活をされている方もいらっしゃるし、故郷を離れざるを得ない方もいらっしゃいますが、穏やかな日々を過ごせますように。

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  (今日はYahoo!で3.11と記入して検索すると東日本大震災と能登の被災地に寄付してくれるそうです)
  このブログ、中身はともかく、結構長く続いておりまして、2011年3月の部分を見ると、当時の状況を改めて思い出します(たいした被害を受けていない自分でも忘れようにも忘れられない日になりました)。



  いつも長たらしく書いている私がものすごい短文投稿しているのは、地震の起こった後、車で移動中、電波がつながらない中、時々つながった瞬間にガラケーから投稿しているからです。

 ※スマホ普及前だったので、当時のライブドアブログは投稿用アドレスから投稿できました。

  家人Cの卒業式の帰りの首都高速道路上で揺れに見舞われ、途中足止めをされたり、首都高を下ろされての大渋滞で自宅にたどり着くまで8時間ほどかかりましたが、ふだんはろくに連絡をよこさない家人Cからも安否を尋ねるメールが入り(彼はホテルで開催された謝恩会のようなイベントに参加していました)、在宅だった家人Bからも時折「電気がつかない」と悲鳴のような電話が入っては、一瞬で切れました。 

 カーラジオの情報だけが頼りの中、帰宅後に衝撃的な映像をテレビで見て驚いたのですが、3月中、身の回りでは沈痛な雰囲気があふれていました。

 それと共に、買い漁り現象も起きていました。近所のスーパーでは必要以上の量の食糧を確保しようと大量に買い物をする当時の前期高齢者と思しき男性の姿をよく見ました。

 去年の夏、米不足になってからも買い漁りが起きたようですが・・・。

 思えば2020年の新型コロナウィルス感染症が蔓延し始めたという頃のマスクやアルコール、ひいてはトイレットペーパーも買い漁りによる品薄が続きました。

 少し経てば、あれは狼狽買いだったと分るのですが、どうしても我先にと買い占めたくなる心理が働いてしまうようです。

  被災地では何もかも流されてしまったり、焼き尽くされてしまったりしているのに、無事に暮らせている人たちが買い漁りをするのは浅ましい事だと思いましたが、中には被災された親戚や知人へ送ってあげようと思っての方もいらっしゃったかも知れません。

  激甚災害や感染症の時など、注意喚起のつもりでややオーバー気味に報道すると、それがかえって混乱を招くのを感じます。

  首都直下型地震や南海トラフ大地震の起こる可能性はかなり高いと言う事ですが、その時に自分は冷静でいられるのかなとは思います。

 そして、東日本大震災が起きた時は近所で支えあう気持ちがあったけれど、ご近所付き合いがほとどない当地ではどうなるのかなとちょっと心配ではありますが、ご近所の皆様はきっと良識のある方ばかりだろうと信じます。

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