SNSを見ていると、ときどき、自称霊能者やよく当たる占術士を名乗る方に遭遇します。

  うそかまことか分かりませんが、見えた話とか、裏話は面白いですね。

  私は霊的な存在はあるかも知れないと思っているので、楽しく(ときどきブルっとしながら)読んでいます。

  最近、見つけたあるアカウントは凄腕で富裕層に多数の顧客を持っていたというもの。

  顧客である彼らのすばらしさを述べつつ、もう一方で腹黒さを述べ、それに耐えられなくなったので離脱し、自分と巡り会えたあなたにだけとっておきのことを教えるというスタンスでした。
  ついつい見たくなる裏話、そのアカウントにアクセスできた強運なあなたはと書かれればそそられます。

  投稿にイイねしたりコメントすると運気が上がるんだとかで、感謝の言葉が記された画面撮り風画像も添えられています。

  金欠で困っていたら必要な額だけ手に入ったという自分にアクセスした人にもたらされた功徳というか利益も随所にはさまれております。

  どれどれとアカウントのプロフィールに書かれているLINEで相談したくなる書き方です。

  強運になる秘訣がいくつか書かれていましたが、その中でムムムとなってしまったのが

  信じるのはひとりだけ、という意味合いの言葉でした。

  それまでの投稿の流れからすると、そのアカウント主ひとりを信じて頼りなさいという風に読めました。

  ワタシ、そういうの苦手なのよね。

  要するに教祖様じゃんか。

  そりゃ、イエス様、アラーの神、仏陀、天照大神など、元は人だったかも知れないけれど、別格な教祖様を信じるのはありですが、そのトップオブトップの教祖様のいらっしゃるグループでも、例えばキリスト教なら聖母マリア、聖ヨハネ、聖パウロなど、取締役格の重役さんを奉じるのはあり。

  仏教なら大日如来、観音菩薩、弥勒菩薩、地蔵尊から鬼子母神、阿修羅様などなどあまたいらっしゃいますし、神道は言うまでもない。

  それを今生きてる人をただ一人だけ信じなさいって言われてもなぁ。

  (そもそも宗教を信奉している人たちが悲惨な戦争を遂行しているのを見ても、なんかなぁと思うくらいですからね)

  投資ではひとつのかごに卵を盛るなと言われています。

  毛利元就は子どもらに3本の矢の話をしました。

  人間関係だって、ひとりの友だちとだけ付き合っていたら、その友だちとの関係がまずくなったら精神的に病みます。

  長年に渡り付き合い続けて人柄がわかっているはずの友だちでもそうなんだから、失礼ながらSNSの文章だけで知り合った人を信奉してしまっていいのか?

  そういう関係を勧めて来るのは正しいことなのか?

  と思ったら、一瞬で魔法が解けました。


  てか・・・ワタシって、ドけちの渋ちんだけど、心ん中では「そこの棚から棚までぜ〜んぶ買ってやるぜ!」と思いながらデパートの婦人用小物売り場を見ていたこともございまして、このアカウント主の言うお金持ちになれる心がけだけは前から持っていたのよね。
😄

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