コガネムシのつぶやき

−甲斐小泉のドけち指南部屋ー ムダな事・モノは省いて、毎日を楽しく暮らしたい・・・

終戦の日

終戦の日とNHKのドラマ

  台風7号が西日本で猛威を奮っているニュースを見て心配しつつ終戦の日を迎えました。

  ウサギ山小屋エリアは米軍機の標的になるような軍施設や工場等は何もなく爆撃は逃れていますが、高校のスクールバスの車窓から◯◯一等兵と言う戦死された方の墓標を見たことがあります。
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8月15日  ・・ 終戦の日、お盆

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  今年も8月15日がやって来ました。

  日本人にとって、ご先祖様が家に戻っておられる時でもあるし、終戦を迎えた日でもあり、忘れられない、忘れてはいけない日です。続きを読む

人の物はガラクタ、自分の物はお宝

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 昨日、日中はがぉぉぉぉぉ!と怪獣の心境にはなりましたが、その後、家人Aが惜しみつつ、いくつかの物とは別れる覚悟をしてくれたので、今朝は大きめのゴミ袋2はじめ、我が家としてはそれなりの量をゴミ収集場に出すことが出来ました。続きを読む

【悲報】またしても家電の不具合

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  今度はウサギ山小屋の Blu-rayレコーダーのリモコンです。😭
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終戦の日に思う

 本日は終戦の日。

 父は確か「終戦じゃなくて敗戦の日」と言っていたかと思います。

 戦前の治安維持法を思わせる特定秘密保護法案なるものが出現し、集団的自衛権の閣議決定などのニュースを、もし父母が存命で見ていたら、どんな感想を持つでしょうか。

 伯父とか祖父とか、近い関係の親戚で、戦闘や空襲で倒れた人はいない我が家。軍医だった伯父はマラリアにより北京で客死。父はその知らせを受けて満鉄に乗り北京に参じたそうですが、大陸系の顔立ちのために、引っ張られて大和ホテルで取り調べを受けたとは、以前も書きました。

 日本が日韓併合をしていた時代、植民地とされた朝鮮半島の人々は格下の扱いを受けて、満鉄に乗るのをとがめだてされる状態だった訳です。

  到着した北京では、日本の兵隊が中国人に自らを背負わせて、あっちへいけ、こっちへいけ、と無理無体なことを言って、中国人が泣きそうになっていた言葉をというのを、最晩年の父が語っていました。「可哀想だけど、どうにもできなかった」と。あれから、わずかな日数で永訣となるのが分かっていたら、もっと詳しく聞いておくべきでしたが、逆に、自らの最期が近いと心のどこかで分かっていての言葉だったのかもと思われないでもないです。

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